zencro’s diary

乱╲(・ω・)/歩 ╲(・ω・)/奇╲(・ω・)/譚

夜半の月

「今日も暑かったですねぇ」「ええ、とても五月とは思えない陽気でしたね」
「カガミ警視、どうですこのあと」杯をくいとあおる仕草をするナカムラに、カガミは「またですか、ナカムラさん」と答える。
「そんな~また、だなんてつれないこといわないで行きましょうよ。そうだ、トキコさん二十歳になったんでしょ?もうお酒飲めますねえ」
「ナカムラさん、トキコを夜の飲み屋街に連れ出すなんてとんでもないことです」
「またまたぁ。お友達との付き合いもあるでしょーに」
「そのようなときは私が付き添います」
「(うはーシスコン)」
「何か言いました?」
「いえいえ~。ですがね、いずれ妹さんエスコートするならいろんな場所みて良い店を見極めないとですね、カガミ警視」
さあさ、ほらほら、とせかすナカムラにひっぱられ、きょうも新宿の夜の街に繰り出す二人だった。
その夜はいつにもましてどの店も男女のカップルだらけで、カガミとナカムラの二人はどこか場違いな感じだった。
「あらー、わたしらなんだか浮いてますね」
「そうですね…出ましょうか」
「うーん、今日はどこもこんな感じみたいだったし、気づかないフリしちゃいましょっか」
カウンター奥に身をひそめるようにちょこんと座って、めいめいの飲み物をちびちびやり始めた。
しばらくして、すこし酔いがまわった頭をさまそうとカガミは背後をぐるりと見回した。が、はっと身を強張らせてまたカウンターの席に向き直った。
「…どうしました?指名手配犯でもいましたか」
「いっいえ」カガミは気を落ち着かせようと目の前のグラスの水割りをあおり、あわてて飲み込んだせいでむせた。「ああああ、だいじょうぶですかあ」背中をさするナカムラに。けほけほ言いながらカガミはわびた。「は、はい、すみません」
「なにー?昔の彼女でもいたのかなー?」
「違いますよ…」「じゃあ、なによ」「……」
なんなんだよとナカムラが今カガミが見た方向を盗み見ると、店内の暗さに乗じて臆面もなくいちゃつくカップルがいた。ははぁん、と思ったナカムラはカガミに言った。
「カガミ警視も純情だなあ」「はい?」「キス目撃くらいでそんな赤くなっちゃって」「えっ、赤くなってますか?」「ちょびっとねー、まあ飲んでるんだから少しくらいしょうがないでしょ」
酒が入ってかつての口調に戻っていたナカムラは、上司でなくひと回り年下の後輩を見る目でどぎまぎしているカガミを眺める。「かわいーねぇカガミちゃん」
「からかわないでください、『カガミちゃん』はもう卒業じゃなかったんですか?」むっとした顔でカガミは背筋を伸ばしナカムラを見下ろしたが、赤みがさした頬でまるで迫力がない。
「おっ、これは失礼しましたカガミ警視ぃ」と言いつつも腕を伸ばし頭をなでてくるナカムラにカガミは「ナカムラさん、呑みすぎですよ」と手を払う。
「そーだなぁ、ちょっとまわってきたかなあ…」素直に手を引っ込め、空のグラスを灯りにかざして眩しそうに目を細め、タンとカウンターに置いた。「警視、そろそろ出ましょうか」
「…そうですね」

店のドアから狭い路地に出る。どんなに細い路地も大小さまざまな店がひしめき合う中で、この一角は再開発で夜はひっそりとしていた。
「ナカムラさん」前を行く猫背のワイシャツに声をかけた。「私はまだ半人前なんでしょうか」
「警視はよくやってますよ」「しかし」
一瞬の沈黙ののちナカムラは口元に笑みを浮かべて振り返った。
「…申し訳ありません、さっきは酔っ払って警視に失礼なことを言いましたね」
「改まらないでください。職務を離れた時くらいは、以前のように後輩として接してほしいと思っています」でも、とカガミは続けた。
「私は、未だに実感が持てないのです。私は、ほんとうに役に立てているんでしょうか」
ナカムラは黙って背を丸めている。
「私は人々の嘆きを少しでも減らせているのでしょうか」弱弱しい声でカガミは言葉をつづけた。
「なにか、ほかにもっと手立てを探すべきなのではないでしょうか、もっと他に別の」
「あたしらは絶対的な力を持っているわけじゃありません。できる範囲であきらめずがんばるしかないんですよ。警視はいっしょうけんめい力を尽くしているじゃないですか」ナカムラはカガミの顔を見上げ笑う。
「だいじょうぶ、警視はおれみたいになりませんよ」
「何を言うんですか。ナカムラさんは私の憧れです、ナカムラさんのようになりたいんです」
「カガミ警視、急ぎましょ。もう日付が変わりますよ」

しばらく二人は黙って夜道を急ぐ。そのさ中、ふとナカムラが立ち止まって呟いた。
「たまに『カガミちゃん』が欲しくなるんだよ」
「え」
「…あはは、気にしないで。ただの、酔っぱらいのたわごとです」

ナカムラは笑いを含ませそう言うと、月を仰いで目を閉じた。