zencro’s diary

乱歩奇譚SS

足猫

「きょうさ、うちで飲まない?」
「ナカムラさんの家ですか、でもご迷惑では」
「いや、ひとり住まいだし。うちなら時間気にしないで飲めるし、何なら泊まっちゃえばいいしさ。きょう妹さん留守なんでしょ」
長引いていた仕事もひと段落の上にあすは揃って非番の二人は、そんなわけでナカムラ宅へと向かった。

「おじゃまします…うわっ」
入るなりカガミは、ふわふわな茶色い物体が足元をすり抜けて空いたドアから入り込んできたのに驚き声をあげた。
「あー、まーたお前入って来ちゃったかぁ。ほらーお客さん家に上がれないだろ。よっこいしょ」ナカムラは茶色い毛玉を足元から抱き上げた。
「こいつ下の大家さんで飼ってる猫でさ、ちょくちょくうちに上がり込んでくるんだよね。あ、あがってあがって。最初に煮干しのかけらやっちゃったせいかなぁ。奥のこたつ電気つけるから、あたっててよ」
「ありがとうございます…ナカムラさん、猫は平気なんですね。犬は苦手と聞いていましたが」
「鰹節パック、まだあったかなあ…ああ、猫はね、子供のころから近所の猫と遊んでたしね、へーきなの」

「まずは、ビールでいいかなー、でも寒かったしやっぱ熱燗用意しよう」
「ナカムラさん、あまりお構いなく、途中で買ってきたビールと乾きもののつまみでいいじゃないですか」
「へへ、そうはイカの塩辛ですよカガミくん。こんなむさくるしいとこに呼んじゃったからにゃー。まあ待ってて、すぐだから」
言葉どおり手早く二品三品用意し、ふたりは熱燗で乾杯する。
「おつかれさま」「ナカムラさんもおつかれさまでした」

熱燗のあとさらにビールと酒杯を重ね、みぞれ混じりの雨降る夜は更けてゆく。ビールの追加を取りに立ったナカムラは、ふとカガミの足元に気付いた。
「あれ、まだ正座してたの?崩して楽にしなよー」
「いえ、失礼ですから」
「何言ってんの無礼講だよーほらほら、胡坐かけば」
「大丈夫です、剣道やっていて正座には慣れてますし」
「そうかぁ、ま楽にしてて」

だがそう言われて初めてカガミは足先の異変に気付いた。
(あれ?おかしいな…いつもと調子が)交差している両足の親指の上下を入れ替えてみる。(どうしたんだろう、ナカムラさんの部屋にお邪魔して、緊張したせいか?)が、今まで体験したことのない足指の違和感が次第に大きくなっていくような気がする。(まずいぞこのままじゃ…いざ立つとき力が足に入りそうにない…)少しずつ足をずらし動かしてみても思うようにいかない。(んん…っ)危機感を覚えたカガミが全神経を足先に集中させたその時である。
つんっ
「ひゃうっ!?」失禁しそうになるほどの衝撃がカガミの体を襲った。
「え?ええっ!?」
「ほらぁ、やっぱり足しびれてたんじゃない~」
「な、ナカムラさん…!」
「ほれ、崩して崩して」
「あっ、触らないでくださ…!んんっ…、ちょっと時間置けば治りますから」
「ほー…」ナカムラはにんまりとする。笑って細くなった目が意地悪そうに光るのを見てカガミは身の危険を感じた。
「…ナカムラさん?」うろたえながら、腕と尻で必死にじりじり後ずさる。
「カ~ガミちゃん、あっそっぼー♫」
深夜の木造モルタル二階建てに、悶絶するカガミの声が響き渡った。

「勘弁してくださいよナカムラさん!」
やがてしびれもおさまり、平静を取り戻しつつあるカガミは、涙目でナカムラを仰ぎ見てにらんだ。
「あっはは~あんまり反応良いからつい調子に乗っちゃったーごめんねぇ」
さすがに大人げないと思ったのか謝るナカムラ。
「わるかった、わるかった!お詫びにナカムラさん特性ドリンク作ってあげるから。これ飲んどけば、二日酔いの心配なっしんぐぅだよ~」
へたり込むカガミの背中をぽんぽん叩くと、ナカムラは機嫌よさそうに鼻歌を唄いながら台所へ向かった。
(まったく…とんだ失態だな…トキコには見せられん姿だ)
心の中でぼやきながら居ずまいを正し、またいつもの習性で何となく正座してしまう。
窓の外は真っ暗だが、サラサラいう音は止んだので、ああみぞれ雨はもう上がったのかななどとぼんやり思っていた時である。

「へあっ!?」
ふたたび足先に衝撃が走る。「~~~~ナカムラさんッ!」
「へ?いやおれ今度はなんもしてないよ?」
「あ、あれ?」

「にゃーん」
そのとき鳴き声がして、カガミの尻のあたりから、茶色い毛玉がはい出してきた。
「ね、猫ぉ…」
「あー、こいつが足の上通ったんだなーあはは」
猫は、再びへたり込んだカガミの膝に飛び乗る。かくして、近所にまたもや悲鳴が轟き渡ったのであった。


翌日、ナカムラが大家に叱られたのは、言うまでもない。