zencro’s diary

乱歩奇譚SS

幻続

ナカムラさんは、かつて私をすきだと言った。
どんな理不尽に打ちのめされても目を逸らさず立ち向かう姿がすきだと。
でも彼がすきだったのは、彼が好ましいと思う私の虚像だ。
あなたが好きなカガミは、私ではなく、私になぞらえたあなたの理想。
あなたがすきだったカガミは初めから幻だったんです。

独房の中で、虚しいと、卑しいとわかっていても、いつのまにかナカムラさんとともに駆け回った思い出に浸ってしまう。
悔しさと無力感に打ちのめされる毎日でも、それらをナカムラさんと分かち合えた日々。
私は、間違いなく幸せだった。
こんな日が来るなんて、あの頃は夢にも思わなかった。

ナカムラさん、トキコがどこにもいないんです。
長い年月ずっとふたりきりで暮らしたのに、トキコの声が思い出せない。
トキコの顔が、すこしも思い描けない。
こんな事は今までなかった。毎日まいにち見ていたのに。

ナカムラさん
どうしよう、あいたくてあいたくてたまらない。
でも、もうあなたは私を見ない。
ほらこんなにすぐ目の前にいるのにあなたには私が見えていない。
あなたはカガミに話しかける。
けれど、それは私にではなくあなたの中の幻のカガミに呟いているだけなのだ。

透明な板の向こう側で、私がもうあなたに触れる事ができない安全な場所で。