zencro’s diary

乱歩奇譚SS

電球

ナカムラは、よくぼうっとしている時がある。
「ナカムラさん」
「…」
「…」
「…あ、なんか言った?」
「いえ、窓際にずっと座ってたら冷えませんか」
「いやあ、そうかな?そうでも…へくしっ、あ、やっぱ寒いかも」
今さらのように気付きブルっと身を震わせる。
「カゼ、ひきますよ。気をつけないと」
「そうだねぇ」
カガミは、切れた電球を買いに行くと告げるが、ナカムラはまたうわの空に戻ってる。
「行ってきます」
「…」

空は灰色だった。車や自転車がぶっきらぼうに走り過ぎ、人通りもそれなり多かったがみな亀のように首や手を服の中へ窄ませてどこか不機嫌そうに行き交う。カガミはなんとなく居心地の悪さと心細さを感じながらスーパーへ入ったが、もとめる電球が棚に見当たらない。
「あの、この電球の替えが欲しいんですが見つからなくて」
「はぁ…ああ、無いですねぇ」
「入荷しますか?」
「すみません、ちょっといつ入るかわからないです」
頭を下げつつも素っ気なく去る店員の後姿を見送る。
居心地の悪さがより強まるのを感じながら、店を出た。
辺りは、もうすっかり暗い。

「ただいま帰りました」
部屋の中はしんとして、真っ暗だった。
靴を脱ぎ、奥の六畳間に入る。
「ナカムラさん?」
返事が無い。
でも目を凝らすと部屋の隅の窓際に黒くわだかまっている影が見える。
ナカムラが、出て行くときと同じ恰好で蹲っている。
「ナカムラさん」
「…」
手を伸ばし、肩に触れる。ヒンヤリとした繊維の感触が、まるで服を着せた人形に触っているかのようだ。
「ナカムラさん?」
もしやと思い慌てて口に手をかざすと、息は穏やかで寝ているだけのようだった。ほうっと胸をなでおろすと同時に、無性に腹が立ってきた。
「ナカムラさん、ナカムラさんってば!」
なかなかナカムラは目が覚めず、肩を掴んでゆっさゆっさ揺するたびに、伸びすぎた前髪が顔の前でばさばさ揺れる。
「う、ううー」
やっと呻き声のような音を発して、ナカムラがゆっくり目をあけた。
「あれ?」
「あれ、じゃないです!ちゃんと起きて下さい、こんなにまっくらな部屋で、こんなに体冷やして、体壊しますよ!」
怒りがおさまらないままカガミが叫ぶ。
「あっ、ああ、ごめん、ねぇ」
体を揺さぶられた余波が残っているかのように、ナカムラはまだ体をグラグラさせて首を振っている。
「心配、させないでください」
カガミは、もっと何か言ってやろうと思ったが、喉が詰まって声が出ない。なんだか悔しくて、情けなくて、手をこぶしに膝の上に丸め、じっとうつむいた。
「カガミ?」
やがて、頭の上にふわっと骨ばった手のひらの感触があった。その手はもしゃもしゃと、癖のある髪の毛を撫でながらかき回す。
「心配かけて、ごめんな」
ナカムラが詫びる。
「…」
「ちょっと、寝ちゃってさ」
「…」
「どっか、行ってきたの?」
「…電球を買いに」
「あぁ、きれてたやつ。ありがとー」
「でも、売ってなくて」
「そっか」
「もう外は真っ暗です」
「そうだね」
「帰ってきたら、部屋も真っ暗で」
「うん」
「…怒鳴って、すみません」
「なんでカガミがあやまるの」
ナカムラは笑った。
「電球さ、次の休みの日、一緒に買いに行こ」
「…はい」

カガミの心の隅に不安を残しつつ、休日は終わっていった。