zencro’s diary

乱歩奇譚SS

ケーキ

「きみ、あまいもの平気だったよね」
玄関ドアを開けるなりナカムラが聞いた。「ああはい、まあ」「よかった。じゃ、これ」靴も脱がずに四角い箱を差し出す。「ケーキだよケーキ、ご飯の後にでも、デザートで食べよう」突然ケーキの箱を手渡され呆然としているカガミに、ナカムラは照れながら言った。「きょうさ、おれの誕生日なんだよ。よかったらいっしょに食べてよカガミ」

「えっと、どうしたのカガミ?なんか落ち込んでない?」
さっき呆然としていたかと思ったら、一転してずっとどんよりしている。(なんか、まずいこと言ったかなあ)クローゼットの前でスーツを脱ぎながらうろうろと考えたが、一向にわからないので仕方なく当人に聞いてみた。「あ…いえ、すみません。俺ナカムラさんの誕生日って知らなくてお祝い、なんにも用意してなくて」
「そりゃそうさ、教えてないもん」なんだそんな事か、とホッとして笑う。「いやさ、ひとり暮らしの時は、誕生日なんて老けるだけだし、祝う気なんて全然おきなかったんだけど」ちゃぶ台の上のケーキの箱に手を置きながらナカムラは言った。「今はカガミが居るからなー、なんか急に祝ってもらいたくなっちゃってね」

「なつかしいですね、バースデーケーキなんて」「カガミは何歳までケーキでお祝いしてた?」「実は、両親がいる頃はずっと」「そうなんだぁ。おれもね、男だと大きくなったらケーキなんて恥ずかしくってこっちがもういいって言っても、親はいつまでも用意してきちゃうんだよね」箱から出したケーキを切り分けながらナカムラが笑う。

カガミは、実はそっと妹の事を思い出していた。彼女の命日になったあの日、賞をとった祝いにカガミはケーキの箱を下げて帰るところであった。一転してどん底に落とされたあの日。部屋中を壊しまくった後、気付けばケーキだけはテーブルの上にキズひとつつかずひっそり置かれたままで。しんと静まり返った部屋の中で、祝いの為であった食物が呪いの毒薬にすり替えられたように、気味悪く存在を主張していた。

(ケーキなんてもう二度と見たくないと思っていたのに)
目の前に誰かがいると、ナカムラがいると、ケーキからやさしいあたたかさが伝わってくる。
「ナカムラさん、誕生日おめでとうございます」
お祝いする相手がいる、祝いたい誰かがいる事は、なんて幸せなのだろうとカガミは思った。