zencro’s diary

乱歩奇譚SS

デイドリーム

1
外が騒がしい。

収監されている部屋の明かりが点滅している。
外の係員の怒号と争う音、金属の破壊音、夥しい足音とおれも外へ出せという叫び、明らかに統率しようとする側が圧倒されている様子が音だけでもわかるような異常事態。
何も対応しようがないのでじっとしていると、開錠の音がして扉が開かれた。
「カガミケイスケ、出ろ」
開錠した者の服装は刑務官だが顔は私も見慣れた二十面相のマスクで覆われている。
「署内はほぼ制圧したが、把握しきれていない場所もある、状況はまだ流動的だ。急げ」そして私の手にマスクが手渡された。私は手にしたマスクを見下ろしす。
「ナミコシ君らが作戦行動を開始したのか」
「そうだ。加わるなり、やり残した断罪を継続するなり、後は自身で考え行動しろ」

廊下は思ったより整然としていた。騒いでいるのは出して欲しがる囚人達だけで、予め二十面相シンパと分かっている者の房のみ的確に選別され開錠、マスクを渡され混乱なく外へ向かっている。
「こんなに、居たのか」
私同様に二十面相になった者、または予備軍が一緒に収監されていると聞いてはいたがこれほどとは。

「ナカムラさん、どうしてるのかなぁ」緊迫した事態とは裏腹に、ぼんやりと私は思った。

2
マスクをつけていても、服で囚人とわかる。だが外へ出てみれば、周りはそんな事に気を取られる暇も無いようだった。
「あ」ナカムラさん。
開放された非常口から出て正面口へ回った私は、三人が夥しい報道陣と野次馬に囲まれているのを目撃した。
アケチ君が殴られ、ナカムラさんの怒号が飛ぶ。それも、すぐ取り囲む者の声にかき消される。
ナカムラさん無駄です。警察の声など誰も聞かない、誰も警察に期待しない。ただひたすら群衆やマスコミに圧倒される警察の醜態を見たいだけなのです。
これ以上彼らに近づくことは到底無理と思い、私は先回りすることにした。
ハシバタワー。
彼は、アケチ君だけを待っている。警察関係者が近寄ると見れば、全員が即座にダイブするというのも予め法則に定められた事だ。
通りという通りは私と同じマスクを被った人間であふれていたため、目的地へ向かうのに何の苦労も無い。だが彼らにはさぞ障害物が多かろう。無防備に素顔を晒し、あえて矢面に立ちながら地道に前へ進むことのなんと理不尽なほどの努力が求められることか。こんな時には彼らもマスクをつけて二十面相シンパの目を欺けばよいのだろうが、彼らはきっとそんな事は思いつきもしないだろう。だから、私は悠々と先回りすることができる。
現場もすでに黒山の人だかりだった。ハシバタワーの頂上辺りがサーチライトで照らされ、フェンスも無い危険な高所に数人の人影が見える。
「やぁー、カガミ君!元気そうで何よりだね」
突如後ろから名を呼ばれ、驚いて振り向く。
影男だった。

3
二十面相のマスクだらけの夜の新宿で、彼の紙袋姿は驚くほど目立たなかった。長身の体をゆらめかせ、人々の視線の間を縫うように彼は私に近寄ってきた。
「意外だったよ、君は房の中に引きこもったままでいるかと思っていたのにね」影男は私の顔を覗き込んでくる。「いまアケチ君は大変な思いをしているだろうねえ。わたしは彼が助けを必要としていると察知して、これから駆けつけてやろうと思っているのだよ」
ひょこひょこと紙袋の頭を振りながら一方的に彼は喋る。
「ときに君はナカムラ君達に会えたのかい?」
「いや。私はまだ…」まだナカムラさんに見つかるわけにはいかない。
「ふーん?」影男が大振りに首を傾げ、かぶった紙袋がガサッと音を立てた。
「と言うと、君は断罪を続けるつもりなのかな?それとも…」
「君がマスクをつけた私を即座に私と見破ったようには、君が本物の影男かどうか判断する術は私には無いし、本物だとしても話す事は何も無い。もし君が本当にアケチ君を助けるつもりならば早く行った方が良いだろう。多勢に無勢で苦戦を強いられているからな、」と彼の方に向き直ったが、もうそこに影男はいなかった。ゆったりと緩慢に動いているように見えて、さすが「怪盗」と冠されるだけあって神出鬼没のようだ。
いつの間にか足元に、彼が脱ぎ捨てたとおぼしき服が丸め置かれていた。

4
ひとり落ちた。私の周囲でも叫び声が上がる。その中には歓声も混じる。
混乱の中でマットレス類が雑然と積み重ねられている様子が見える。今タワーのエレベータ類は電源が切られていて使えない。これからアケチ君がここにたどり着けたとしても、階段を駆け上がっていては追いつくのは難しいだろう。
私は人混みを離れ一般には知られていない裏手に近づく。ふだん関係者以外立ち入りできない扉はすでに開放されているが、私と同じマスク姿の人間により占拠されておりシンパ以外近寄れないようだ。警察も、この辺りに居る者はすでに骨抜きにされているだろう。
そして彼女、ミナミ検死官の言った通り、サーチライトの光が飛び交う頂上よりも階下で、彼らを受けとめる準備が進んでいる。ナミコシ君にすら秘密裏に。弟を喪った彼女は、もうこの世に未練はない自身とは違い、集った子どもたち、そしてナミコシ君の犠牲は避けたいと密かに画策していた。二十面相シンパの内部で既にほつれが生じていたのだ。だがそれは、あくまで各個の意志による。今までの二十面相同様、強制無しで、自然発生的に為されるのだ。
またひとり落ちた。この様子では、子どもたちの救出はほとんど間に合わないのではないか。ナミコシ君も。
「アケチが最終ラインを突破したわ」マスクの一人が叫び、シンパの間で緊張がはしる。「間に合うのか」「わからん」「原初のジャンプ前に奴が間に合えば足止めになる」「そうだ、原初さえ助かれば」
血生臭い供犠の最中、私は中途の階へ向かって階段を駆け上った。

5
そこでは特殊加工の丈夫な縄で編んだ網が窓のへと張り出さそうとしていた。強烈な風を無理矢理おして窓から窺えばここの下階でもシンパがおなじ装備を施している。二重三重に網を張り、衝撃を抑え成功率を高めようというのだ。
そして手間取るうちに、ひとり、またひとり。半数の子どもが落下したと、頂上に設置したカメラが送る映像を見てシンパが叫ぶ。
このものすごい風だ。小さな体なんて、どこか遠くへ吹っ飛んでしまいそうだ。小賢しく用意した網など飛び越えてしまいそうな。
階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。きっとアケチ君とハシバ君だ。彼らが頂上にたどり着けば少しの時間は彼らの足止めができるだろう。そしてこの装備が使用に耐えうるものであれば、どちらか一人くらいは助かるかもしれない。
「おい、なにやってる」
ここでその声を聞きたくなかったのに、ナカムラさん。
「彼らを受けとめる準備ですよ」
ほかのシンパを手で制しながら、振り向いて答えた。
「カガミなのか?」
(まさか)ナカムラさんは顔にそんな表情を一瞬かすめたが、すぐにその部屋にいる人間に指示を飛ばす。私の胴に巻いた消防ホースを見て、どうするつもりか察したようだ。無謀だとも無理だとも言わない。同じことをしようとしていたのだろう。
「行くぞ」
すでにナカムラさんの胴にもホースらしきものが巻かれていた。一方の端を剥き出しの頑丈な配管にしばりつけ、俺の背中をどやしつけた。

6
にわか作りの装備がようやく完成したところへ、「落ちるぞ」と声が上がった。
上空を振り仰ぐとサーチライトに照らされて二つの黒い影が見えた。
ジャンプしようとした瞬間、「キャッチされた!」と悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。まだ黒い影は上空にとどまっていた。そして影が4つに増えていた。
「アケチ君たちだ」
ナカムラさんの方を見たが、彼はまだ上空をにらんでいる。「まだだ」
時計塔が12時の鐘を鳴らし始めた。
「ふんっ」
彼の体が宙に踊った。「ナカムラさん!」
上空で再び落下を始めた一つの影。
「原初が!」頂上映像のモニタを見るシンパの悲鳴。
追って空に身を投じた私は、闇から急に出現した白いガウン姿を引っ掴む。「ぐうっ」腕に強い衝撃をおぼえた矢先、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」タイミングが合わず、そのまま落下していく姿。「ナカムラさん!」
ビンっと伸びきったホースを横目に、私はナミコシ君の体といっしょにシンパたちに引き上げられていった。

7
直後ナカムラさんを引き上げてみると、腹部を圧迫され気を失ってしまったようだった。反動でかすったらしく、たんこぶができている他は特に怪我は無いようでホッとする。
ナミコシ君も気を失っているようだったが、ナカムラさんの素性に気付いたシンパに阻まれ、もう彼に近づくことはできなかった。
シンパらは私たちを拘束するか検討し始めたようだ。だが、宴が終わり警察が侵入を開始したであろう今、彼らが逃亡するには私たちはお荷物になる。私たちも、気を失ったナカムラさんを抱えて彼らと渡り合うのはどう考えても具合が悪い。私とシンパらは互いに目線を交わし、この場で別れる事を了承した。

***

「というのが、ナカムラさんが気付くまでの経緯です」
彼らが去った後、すぐに意識が戻ったナカムラさんと私は二十面相に染まっていない警官隊と合流し地上に降り立った。
二十面相シンパに解放され外へ出る事を選択し、シンパの一部と合流し、原初の計画まで知っていてその日まであえて黙していた私の立場は、かなり微妙だ。心配顔のナカムラさんを横目に、だが私は素直に連行された。私に、もう思い残すことは無かったからだ。

8
「私は二十面相に取り込まれずに彼らを止めるべきでした」
私は、そう面会に来たナカムラさんに話した。
「憎しみに囚われ、視野が極端に狭まっていました。だがあのときは、彼らの差し伸べた手に唯々諾々と乗ってしまった。そして、もう私の罪は償いようのないほどになってしまいました。ただ、原初は、ナミコシ君はこのまま終わってはいけない。彼をこちら側に連れ戻すことは恐らく不可能だと、今でも思います。だが、死は免れてほしいと思った」
「…お前以外にも、原初の意志に背いて助けようとしたシンパは大勢いたろ」
「はい。ですが事前に示し合わせていた訳では無かった。あの時、時計塔頂上に集まった子どもたちと同じように、彼らもまた自ら考えて自然に集まったのです」
「原初は、何処へ連れていかれたんだ?」
「わかりません。自然発生的に集まった彼らといったん別れてしまえば、もうその先の行動は把握できません。助けようとする者と、意思を尊重し暗黒星を完成させようとする者との間で奪い合いになる事も考えられますし」
「行き当たりばったり、って事かぁ…」
ナカムラさんはだいぶ消耗していた。警察内部でもいまだ混乱は続いているようだ。そのため、私自身も十分な取り調べに至っておらず、とりあえず収監されるのみにとどまっている。
アケチ君にはすでにナミコシ君の件を伝えたようだが、この件について警察の方針がまだ定まっておらず、アケチ君以外には秘匿されているらしい。助手のコバヤシ君にも。

9

あのままだったら弟は、あの医師が力を尽くしたと信じて、苦しいけれど心は安らかに最期を迎えたかもしれない。あたしが事実をほじくり返したばっかりに、あの子は苦痛だけでなく信じていた者に裏切られた絶望でずたずたに傷つけられて。それなのに、あたしに『泣かないで、泣かないで』ってずっと慰め続けて。

逮捕後も口を閉ざしていたミナミ検死官は、騒動のさなか薬をあおって死んだが、その直前、薬を持ってきた者に語ったとされる話が、ネット上に遺されている。

でもあたしが泣き止まなかったから、あの子は原初の影武者として焼け死ぬ事を選んだの。そう、あたしのせいで、あの子は苦しんで死んだの。だから、あたしは原初の目的を果たすため、最後まで踊りつづけるの。
そして、せっかく弟が身代わりになったんだから、原初は生き延びてほしい。ずっとアップデートを続けながら生きていけばいいじゃない?弟は友達を作る時間も無かった。でも彼には自分をいつまでも追い続けるアケチ君がいるじゃん?


彼女から直接聞いてはいないが、ほぼこの通りだったろうと思う。
私も妹を犠牲にした。私の刑事という仕事柄、家族の安全に十二分に気を配るべきであった。妹は、私にのみ向けられるべき恨みをその前途ある身に引き受け殺された。わが身を呈して守るべき妹が、わが身のために引き裂かれた。私は守るものを喪った、そして妹を奪ったものたちは世界にはびこり続けている。だから私はこの身が果てるまで断罪を続けなければと思ったのだ。

10
「生きていたのか、ナミコシ」
「ふ…どうかな」
「お前には、言いたいことが、山ほどある」
「本当に? 名残惜しいけど、今はここでお別れだ。また会おう、アケチ君」

"Calculation completed" 
画面が一斉に表示し、そして停止した。
それを見てアケチは、かすかに笑って目を閉じた。
「やっと眠れる」