zencro’s diary

乱歩奇譚SS

いつかの誕生日

「ナカムラさん、もしかしてあす誕生日じゃないですか?」
隣席のカガミが勢い込んで尋ねてきた。
「なんですかぁ、藪から棒に…そうだよ」
唇につけたグラスもそのままに、あからさまに嫌そうな顔で答える。
「おめでとうございます!お幾つになられたんです?」
「え、ナカムラさん11月3日がお誕生日なの?さそり座ですかー、へー」
「で、何歳?何歳?」
周囲で呑んでいた同僚たちが畳みかけるように問うのを気の毒に思ったか、古株の刑事が
「ほらぁ、お前らこいつ見れば言いたくないほど年取ってんの分かるだろ、そういじめんな」と助け舟のつもりでさえぎる。
「…あのね、わたしゃまだ30代ですからねー、そんなおじいちゃんみたいに言わんでくださいよー」
「えー?またまたぁ、自分は50位にはなってるのかと…」
「はは、こいつ老けてっからなァ、こう見えて俺よりずっと年下なんだぜ」
「いったい何したらそんなに老け込んじゃいますかねえ、苦労したんですねえナカムラさん」くー、とわざとらしく腕に顔を押し付けて泣く真似をしてみせる新人刑事。
「おいおい、一課に居れば苦労は山程するんだぜ。お前だってそのうち他人事じゃなくなるぞ」
えっ、という顔をして固まる新人。「おれ、ナカムラさんみたいになっちゃうんすかァ…」
「もー、なんなのみんなして。そりゃ自分が瑞々しく若々しいなんて言わないけどさ、頭脳はまだまだいけますし良いトコもあるんですよぉ」
「そうです」ここぞとばかりにカガミが口を出す。「ナカムラさんは確かに足は絶望的に遅いし、体力は後期高齢者と言われても否定できうるか怪しいですし、極度の猫背で私と身長が数センチしか違わないというのも信じられませんし、カラオケの持ち歌も昭和のヒット歌謡ばかりですし、水虫ですし、独り言も多いですし、…あれ?何言おうとしたんでしたっけ?」
当のナカムラはカウンターに突っ伏して「知りませんよぅ、もー」と情けない声を出している。
「まあまあ、 ナカムラは長年取調べ室の机にかじりついてたせいで、立っててもあの姿勢が体に染み付いちゃったんだよ。でもなぁ猫背もだが、あの無精髭もなぁ」
「そう、それです」思い出したとばかりにカガミは顔を輝かせて言った。
「ナカムラさんは可愛いんですよ!」
「「「「は?」」」」
一同一斉に声をあげた。ナカムラも例外ではない。
じょり
カガミが突如ナカムラのアゴを撫で始める。
じょりじょり
「うわわわわかがみなにやってんの」
「この絶妙なヒゲの生え方この感触、たまりません、ナカムラさん!」がばあっと覆い被さるカガミ。
「ヒエッおいはなせこら近い近い、顔すりつけてくんなよぉぉぉ」
「…カガミ、まーた飲み過ぎたな」
「ナカムラも苦労だねぇ」
「いやいや、あれくらいの刺激があった方が、老け込みを抑えるかも分からんぞ」
ナカムラの悲鳴が響く酒場で、飲み会では割とおなじみの光景をつまみに飲み続ける同僚たちであった。