zencro’s diary

乱╲(・ω・)/歩 ╲(・ω・)/奇╲(・ω・)/譚

衣装

『私は二十面相。償いを知らぬ罪人はこの名に怯えるがいい』

目の前のパソコンで再生される動画は、当局が消しても消しても不特定多数の人間が次々とアップしてきて追いつかない。検索すれば唸るような投稿数にのぼり、既にどれがオリジナルか判別も不可能である。
「まったくあの不器用な奴が、こんな凝ったもの毎日のように撮ってたなんてねえ」ナカムラは照明が落とされた一課室内で、煌々と光を放つディスプレーをぼんやり眺めていた。
「仰々しい服着て、マスクまでかぶって。およそコスプレとか縁遠いと思ってたのにさー。あいつのこったから、クソ真面目に調べて勉強したんだろうな」
「そうか?」
誰もいないと思っていたのに、突然背後で声がしたのでナカムラは飛び上がった。
「へ!?だだだだだれ?」
「いい年したおっさんが夜中に一人でネットサーフィンか、暗いな」
「…なんだぁ探偵さんかあ。脅かさないでよ、もー。…って、何持ってんの?」
「押収品だ、カガミが二十面相の時に着ていた法服とマスク。ほれ」
「ぶわっ、いきなり何ですかぁ」ナカムラは投げつけられた布地を顔からはがす。
「目立たないが、襟に布地と同色の糸で縫い取りがある。見てみろ」
「えー?どれどれ…うーんんん?あ、これかな?『トキコ』…なにこれ、あいつ妹が作った衣装を着て二十面相やってたの?」
「あいつは、案外何でも手近なモノで済ますような奴だからな。その衣装だって、おおかた去年のハロウィンかそこらで妹に押し付けられたんだろうさ」
「はー、なるほどねぇ…」
「まあ、あとは直接あいつに聞け」
「あー、そうね…あ、ちょっと待って、探偵さんも一緒に面会しようよ」
「おれは、忠告してやったのにむざむざ踏み外すような奴に用はない」
『お前のような人間こそ堕ち易い。呑まれるな』
「忠告?何のこと?」
「何でもない。じゃあな」

収監後、カガミは話しかけてもほとんどしゃべろうとしなかった。この事を持ち出せばカガミが少しは口を開いてくれるかもしれない、という期待があったことは否めない。面会に赴いた際、ナカムラはさっそく話を持ちかけたのだった。
「あのさ、二十面相の時カガミが来てた服なんだけどさ。あれって、作ったのはさ」妹さん、という言葉を出そうとして言葉に詰まる。「えっと」
「あれは、トキコが作りました」
「…そっかぁ、大して日数も無いのによく誂えたなと実は思ってたんだよね」
トキコが殺された夜、急にクローゼットのあの法服が頭に閃いたのです。俺は、それを着て罪人を裁けと妹が訴えているのだと思いました」カガミの虚ろな目が急に光を持ち始めた。「そして翌朝、あのマスクが知らぬ間に届けられていました。誰が寄越したのかわからないがそんな事はどうでもよかった。俺がすべき事は定まったのです」
「なんで、妹さんは君に法服を誂えたのかな」
「当時学校の仲間達とハロウィン合わせの衣装を何着か作っていました。警察官などの制服は禁じられているが、これなら多分大丈夫だろうと、着もしない衣装を俺用に作ってしまったのです」
「なるほどねー。探偵さんの言う通りだったなー」
「アケチ君が俺に訊けと言ったのですか」
「まあね、取り調べに穴があるぞって言ってねぇ…はぁ、それにしても誰がマスクを届けたんだろう。やっぱ二十面相シンパかなぁ」ナカムラは面目無さそうに頭を掻いていたが、ふと思い出してまたカガミに尋ねる。
「そういや、おまえずっと同じ青いネクタイしてたよね。けど、二十面相始めた頃から赤いネクタイに変えたろ」
「青いネクタイは、トキコから就職祝いに贈られたものです。警察官になった事を祝ってくれたものを、警察を欺く行為をしているあいだ身に着ける気にはなれなかったのです」カガミは視線を胸元に落とし、かつてそこに下がっていた青いネクタイを見下ろすように言った。
妹からの電話がかかってくるたびカガミは『仕事中だぞ』『わかったわかった』などといかにも迷惑そうな風を装っていたが、それもどこか嬉しさを押し殺した照れ隠しのようで、実際どんな時でも無視せずすぐ電話に出た。ナカムラは、妹が賞をとった、ながの努力が認められたと、あの日も心底嬉しそうに話していたのを思い出した。そしてその夜、事件は起きた。あれほど大事にしていたのに、慈しんでいたのに。
「…ですが、法衣はもともと戯れに作られたものです。生前、妹はまさかこんな血生臭い用途に使われるとは思ってもみなかったでしょうが」カガミは自嘲するように薄く笑った。
「二十面相に扮してから私は、自分が抑止力そのものになりきるよう努めていました。やがて私と言う意識が消えても構わない。むしろそうなってほしいと願って。あの期間、私がこの手でどれほどの死体の山を作ってきたか、ナカムラさんはもう知っているでしょう。彼らは彼らの罪で断罪された。俺がやり残した断罪は、これからも次々と他の誰かが二十面相の仮面を受け継いで継続されるでしょう。警察の為しえなかった正義が補完される。俺は自身の犯行に因り極刑に処される。すべて正しいあり方へおさまるでしょう」 

「マスクなんて送りつけて。一体誰があいつの背を押しやがった」面会室から出たナカムラは呟いた。
「…おれはあいつの事なんにも見てやれてなかったんだなぁ」
そして、猫背をさらに丸めとぼとぼと一課に戻っていった。