zencro’s diary

乱╲(・ω・)/歩 ╲(・ω・)/奇╲(・ω・)/譚

悩む人

胡散臭い人だな、というのが第一印象だった。

夏でもないのに日焼けしたような肌に、痩せた、というより枯れ枝のような体に引っかかるように羽織った似合わないスーツ。いつ散髪に行ったかわからない髪、無精髭。そのうえ極度の猫背で、なぜか常に自分の胴体を抱え込んでいる。足元を見れば、どこのメーカーかもわからないスニーカーで、ああ犯人を追うのに走りやすいからかなと思えば、ガニ股で絶望的に足が遅い。
「カガミ…ちゃん?私のことですか?!」
「他に、誰がいるんだい?」

いくら新参の若造だからとはいえ、いきなり「ちゃん」付けとは無礼だし、くだけすぎではないか。
一応上司の彼に従い、俺は正義を遂行するために日々務めた。だが、彼は事あるごと俺の気勢を削ぎ、時には俺の機嫌を取るようにあの独特の上目遣いで懐に入りこもうとする。そんな媚びるような振舞いによく嫌悪感をおぼえ、度々そのようなことは控えてほしいと丁寧にお願いしたのだが、遂に俺が彼を追い越し上司の立場になっても、それは改まる事は無かった。
「取り繕わないでください、ナカムラさん」
俺は、正義に反することが嫌いだが、それ以上に「媚びる」という所作すべてが、我慢がならない。何度、パートナーの交代を望んだか知れない。
だが、それを願い出るのを思いとどまったのは昇進への差し障りを危ぶんだこともあるが、彼の意外な優秀さに気付いたからだ。
「係長、ちょっと取調室お願いできます?」
「えぇーまたなの?いいのかなぁ、かれ、わたしの担当じゃないでしょ」
「そーなんすけどね…ちょっと手こずってまして」

己の職務も全うできず、犯人相手に手をこまねくその刑事に蔑みをおぼえつつも、ナカムラさんが署内でけっこう頼りにされている事実に、ひそかに驚きを感じた。彼には、「落としのナカムラ」という異名まであったのだ。凄みをきかすことも声を荒げることもなく、終始穏やかに話すうち、特にかまをかけているわけでもないのに相手は自らするするとしゃべりだすのだ。
彼を見直し始めていたころ、俺は捕まえても捕まえても犯罪者たちを解き放す警察に、日々苛立ちが募るいっぽうだった。時にはおさまらぬ怒りから問いを彼に投げかけてはみたものの、二十面相を引き合いに出して独善に陥るなかれと諭すばかりだった。ああ、彼もやはり諦め、理不尽から目を逸らし続けてきたのかと落胆した。
その後、当時中学生のアケチ君から連絡係に指名されたのだが、未成年に血生臭い事件をも検分させるこの国は、全くどうなっているのだろうと思う。
警察の機能に疑問を抱いたまま、俺はナカムラさんを追い越し警視となった。キャリア組に自ら臨んだ身で言うのも何だが、ノンキャリアとキャリアの昇進速度の差は滑稽なほどだ。俺は、未だナカムラさんの取調べ技も十分に会得しないまま、彼の上に立つ人間になってしまった。
そしてやはり未熟であったのだろう。捕縛した相手の発言に激怒し俺はあろうことか拳銃を抜きかけ、すんでのところでナカムラさんが抑えてくれた。さらに、それから間もない取り調べ時には、今度は相手を殴ってしまった。ナカムラさんが止めてくれなければさらに叩きのめしていたと思う。殴られた側からの告発もあるだろうし、処分を言い渡されるのを待っていたが結局、何も沙汰は無かった。仔細を尋ねるも何も教えられず、今でも、ナカムラさんが事態をどうおさめてくれたのかわからない。
当時、その部屋から出され、しょんぼりと廊下の椅子に腰かけていた私に、彼は特に咎め立てもせずこう言った。
「わたしも、昔は熱血刑事だったんですよ」
かつては彼も私と同じ疑問を抱き続け、悩み続けてきたのかと嬉しさを感じたのは確かだったが、「逮捕しないよりはした方がマシ」と割り切ろうとする彼を、やはり生ぬるく、もどかしく思わずにもいられなかった。
その頃には既に初めて会った当時の彼に対する胡散臭いという思いは解消していた。さまざまな交渉や調整ごとに長けて、周囲をさりげなく、だが巧みにフォローする仕事ぶりに、できる事ならこの先もずっと、彼と組んで仕事をしたいとさえ思うまでになっていたのだ。だからこそ、組織の理不尽さに立ち向かう気概はもう無いよ、と言っているような目の前の寂し気な猫背に、苛立ちを覚えた。

そして、あの魔の夜、全てが崩れ去った夜。

弱腰が祟った。あの時撃っておけば。措置入院と聞いたとき、諦めず強硬に抗議を…いや。
もっと、違う仕組みが必要だ。そこで、あっさりと二十面相という回答に至った。一本道で、他に選択肢は無かった。警察官という立場から己を解放し、己の信ずる正義をもって罪人を抹殺する。
「根絶は無理でも犯罪は減らせる」
その通りですよナカムラさん。さらに不起訴や措置入院などにはせずに、迅速かつ確実に犯罪を減らせる。
「正義って言葉には気をつけろ」
他から見て、どんなに理不尽で馬鹿げていても、人は信じたいことだけを信じる。あの時俺は狂っていた。だが、腹が減ったら飯を食うように、意図せずに呼吸をするように、それは自然な事であった。なんとやりがいのある仕事であったことか。断罪対象をリストアップし効率よく処理するための計画を練り、警告動画の期限通りにやり遂げていく。夢も無く恐れも無くただ淡々と。眠る暇も無かったが、それは却ってありがたかった。断罪の狂熱を鎮める眠りなど邪魔なだけだ。

ナカムラさん。
あの夜から、彼の存在はぼんやりとし続けていた。彼は恐らく、あの事件には何の爪痕も残せなかった。うっすらと憶えているのは気遣わし気な表情。すぐ隣にいる犯罪者に、彼は気付きもしなかった。いや気付いていたかもしれないが、捕えようともしなかった。結局、俺を連絡係に指名したアケチ君が、俺を追いつめ終止符を打った。警察が解放した犯罪者を、警視の私が断罪し、すぐ傍にいたベテラン警部は気付きもせず、高校生の探偵が追い詰めたのだ。警察にとって、なんと恥さらしな事だろう。
俺の取調べは、ナカムラさんの技量を発揮するまでもなかった。俺はあっさり話したからだ。問われた事は、全て。

ナカムラさんは、毎日のように面会に来た。
すがるような目で俺を見て、媚びるような声で話す。
「なあ、二十面相とおれたちと、どっちが正しいのかわかんなくなってきたよ」

断罪という仕組みが拡大し力を増している中で、彼の信条が現実味を喪い色あせてきたという事なのだろうかと、その時は思った。

余波は残るものの、首謀者と目される原初二十面相ナミコシの計画失敗と失踪で、二十面相事件は一応の幕となった。社会も警察も俺も、守るべき時に守れず怪物となってしまった彼に、踊らされ自滅し、そして怪物の旧友が歯止めをかけた。
その後面会に来たナカムラさんは、疲れ果ててはいたけれど、少しだけ目に力が戻っているような気がした。
「みんなで、てきとうにがんばっていこうよ」
いいかげんともとれる、いかにも彼らしい物言い。だが、自分の貧しさと情けなさに涙する俺の胸に、その言葉はやさしく沁みた。

彼が「いいかげん」に見えるのは、熟考するため、判断を留保するためなのだろう。真理への到達を急がず、あえて長い道のりを確実に踏みしめて見渡して。時には真理が見つからず、くずおれそうになっても、絶望せず、安易に手ごろな何かに飛びついて楽になろうとせず。

ナカムラさんは、悩み続ける人なのだ。信じ切ってしまえばすぐに歩を進められるのに、苦しまずに済むのに、その都度、悩む。そしてまた、他の悩む人のそばでともに悩み、オロオロする。

ある日、彼にそう言ってみた。すると彼は「いやいや~、」と首を振った。
「だってさ、おまえの事は、無条件に信じてるよ?」

ナカムラさんが取調べの達人なのは、相手を信じて、相手の側に共に寄り添い、ひたすら耳を傾け続けるからなのかもしれない。現に俺は、あの時語らず一生胸に秘めておこうと決めていたことを、既に話す気になってしまっている。

ぼくは彼を、好きにならずにいられない。