zencro’s diary

乱╲(・ω・)/歩 ╲(・ω・)/奇╲(・ω・)/譚

ツール(カガミの誕生日に寄せて)


「まだ早いよ」ナカムラが横で皿を拭くカガミに言う。
「しかしこのままでは、多忙なナカムラさんに代わってお使いすることもできません。近所に買い物に出たり銀行や役所を回るくらいは許可していただけませんか」カガミは左で中華鍋をガシガシ洗うナカムラに反論する。
「カガミは真面目だから、よけい今の状況で落ち着かないとは思うけどさ。でも慌てず機を待とうよ」

カガミが出所して共同生活を送るようになった二人だが、カガミが外を出歩き、まんいち二十面相関係者や被害者家族らにつけ狙われ襲われたりでもしないようにと、ナカムラは慎重にならざるを得ない。一方、ナカムラの何らかの役に立ちたいと思うカガミは、もっと戸外へ出たいと思う。今日も、その事で二人の言い合いが続いていた。カガミは、帽子を被ったりサングラスをしたり、素顔で出歩かぬようにすればと思うが、ナカムラはもっと慎重にすべきだ、あと数年たってもっと人々の興味が薄れるまで、と譲ろうとしないのである。
もどかしく思いつつそれもナカムラが自分を思ってのことなのだと、負の方向に思いを捕らわれないように努める日々が続く。きょうもナカムラが用意してくれた仏壇に手を合わせながら、できる範囲で可能な限りナカムラさんの身のまわりに細やかに気を配れるようにしたいんだよ、とトキコに語りかけていた。
「ただいまぁ」
間延びしたいつもの声でナカムラが帰宅を告げる声がしたので向かうと、ナカムラがふうふう言いながら狭い玄関に荷物を持ち込んでいた。
「お帰りなさい…自転車?」
「そー、いやぁ階段、なんか、息、上がっちゃってさぁ、体力、落ちたかなぁ、参ったよねぇ」話す最中にもハァハァと息をつく。
まあとりあえず中へと促し、冷水を注いでナカムラに手渡す。
「でも自転車なんて、突然どうしたんです?通勤に使うんですか?」
「いやねー、」喉ぼとけを上下に動かして美味そうに水を飲む。「ぷひー、ありがと。カガミ、ちょっとこれ被ってみてよ」
光沢のあるその赤は、自転車の色と揃いのようだった。「ヘルメット?」
「あのさ、これと自転車ね、カガミに。あーよかった、ピッタリみたいだねぇ」
「…でも俺外出は」
ナカムラはようやく上がった息も落ち着いて、胡座をかいてカガミの方に向き直った。「ここんとこ、カガミに外出の事で言われたのずっと考えててさ。用心するに越したことないけど、それでカガミを縛りつけておくのもなぁと思って。で、いっそ自転車でシャーッと走ってればトコトコ歩き回るより危険少ないかなーなんて。ヘルメット被ればなおのこと気付かれにくいかなと思うんだけど。それに、今度の日曜カガミの誕生日じゃん、ちょうどいいやって」

『わぁ自転車だ!ありがとう父さん』

ふとカガミの脳裏に、昔の光景がよみがえった。
「ナカムラさん、ありがとうございます、大事に使います!…あ、車体もメットも真っ赤ですね、ちょっと目立つかも」カガミが言うと、「あー、そっかー、カガミに似合いそうな色と思って選んだらこれになっちゃって」今さらのように気付き、慌てるナカムラ。
「ナカムラさんが、俺に似合う色を選んでくれたんですね」
「うん、カッコイイだろうなって」と嬉しそうに相好を崩すも、ハッとして「いや、勝手に選んじゃってゴメンね。色は気に入らなかったら変えてもらえるって自転車屋のおっちゃん言ってたからさ、遠慮しないで言って」と真顔に戻り神妙に言う。
「俺、これでいいです、いや、これが良いです!」
(これで、ナカムラさんのためにできる事がひろがる!)
カガミは、胸に抱く艶々したヘルメットを撫で、久しぶりにワクワクしながら答えた。

『いいなぁお兄ちゃん』
トキコもおっきくなったら買ってもらえるよ』
『ほんと?』
『そしたら、ぼくと一緒に走ろう、トキコ

(いつか、ナカムラさんといっしょにツーリングできたらいいな…)
こどもの頃を思い出しながらカガミは思った。