zencro’s diary

乱╲(・ω・)/歩 ╲(・ω・)/奇╲(・ω・)/譚

続朝の風景

「では、明日は一日留守にします」カガミはボストンバックを掴んだ。
「うん、一緒に出発できたらよかったんだけどねー、おれもなるべく急いで後から行くから、気をつけて」「はい、ありがとうございます。サングラスと帽子も着用して、慎重な行動を心がけます」「ま、君のこっちゃから大丈夫だと思うけど。じゃ、またあっちで」
出所からしばらくたって、カガミも買い物程度なら普通に外出するようになった。だが、今日から赴くのはカガミの実家の墓所のある〇市である。出所後これほどの遠距離は初めてであり、なおかつ急な仕事の都合で同行できなくなってしまったナカムラは不安で仕方ない。だが「いつまでも閉じ込めておくわけにはいかないだろうしな」とも思う。
「はい、お待ちしています。では」カガミはナカムラの不安が少しでも軽くなればいいとでもいうように、笑顔を見せて家を出た。

明けて、久しぶりのひとりの朝。
「やー、おれこんなに無能だったっけー」がらんとした部屋を見渡して途方に暮れる。この数か月、朝の早いカガミが朝食を整えナカムラが出かける際は忘れものの無いようあれこれと気を配ってくれていたのにすっかり慣れてしまって、先ほどから朝支度が全く進まない。冷蔵庫を何度開け閉めしたかわからなくなったところで、朝食を作るのもあきらめた。「まいっか、久しぶりに駅そば行っちゃおうっと」それはそれで楽しみができたと気を取り直し、わざとらしく鼻歌を歌いながら寝ぐせも直さぬまま玄関を出た。
「きょうも暑いなー」

「あっらー久し振りねえー」以前は毎朝のように通っていた駅の立ち食い蕎麦屋で、見知った顔が声をかける。「おひさー、おばちゃんまだ居たんだ」おうよ、と言うように胸をそらし、ナカムラの月見そばをカウンター越しに寄越す。「しばらく来なかったから、あんたもついに観念して身を固めたのかなって思ってたわ」「あははは」ナカムラはへらへら笑いながら、そばに一味をどしどしふりかける。ぞぞっとすすって感嘆するナカムラ。「ん~久しぶりのたっぷり一味そば、キクわ~」「で、どうなのよ?」「もー、朝忙しい通勤客に長話は禁物でしょー?」ごっそさん、と汁まで飲み干した碗を置きナカムラはそそくさと店を出た。店員はその猫背を見送りながらふんと鼻息を立てる。「律儀に指輪までしてるくせになに照れてんだか、いい年してまったく」
次々と来る客をさばきながら、その日は顔がにやけて止まらない彼女であった。