zencro’s diary

乱歩奇譚SS

芋虫異聞


ナカムラがカガミ部長の下に配属となって2年ほど経った。初めは何かと言えば正義だ義務だと堅すぎるがために周囲との衝突も多い上司に辟易することも無いではなかったが、やがてその真面目な仕事ぶりと熱意に憧れを抱くようになっていった。
ある日ナカムラが手にしていた文庫本から話が弾み、ウマがあったカガミとナカムラは、仕事帰りにひんぱんに呑みに行ったり自宅に招いたりするようになる。
カガミは自分より12も年若いナカムラが同じ嗜好を持つことに喜びを感じていたし、ナカムラも優秀かつ容姿端麗で非の付け所の無い上司が、懐くように近寄ってくるたび胸が躍るような思いがしていた。
カガミには、ナカムラと同い年の恋人トキコがいる。カガミと昵懇になったナカムラはとうに紹介されていて、3人で出歩いたり、カガミが留守の時にはトキコに会って様々な連絡を取り合うまでになっていた。
きつい仕事ながらもそれなりに楽しい日々を送っていたある日、ナカムラはトキコから相談を持ち掛けられる。
カガミが最近家に帰るのが遅い、いや仕事や付き合いでのことなら仕方ないとあきらめていたが、どうもそうでないらしい。もしかしたら、自分以外にすきな人ができたのではないか、自分は飽きられてしまったのではないか…と。
いやいや、あのお堅いトキコさん一筋のカガミ部長がよりによってまさか、と一笑に付しなだめつつも、ナカムラも内心ではカガミの不審な行動に思い至っていた。
確かに最近、カガミは今までより早めに職場を後にする。ナカムラに声をかけることも減ってきていた。ああ、おれは飽きられたのかなあと気落ちしたりもしたが、早帰りしたはずのカガミが翌朝覇気の無い蒼い顔で出勤してくることが多い。なるほど、他に入れ込んでいる女性ができたのなら或いは、カガミ部長も男だからねえ、と勝手に納得したり落胆したりしながら、いやいやあれこれ勘繰るよりは確かめてやろう。そう決めて、こっそり調査することにしたのだった。
お先に、と職場を後にしたカガミをつけていたナカムラの目の前、角を曲がったはずのカガミは忽然と姿を消した。さすが熟練したカガミを追うのは至難の業と思わないわけにいかぬナカムラであった。
そのころ、区外では義賊の名を騙る連続殺人犯が警察を悩ませていた。所轄外のこと、直接自分達が咎められるわけでないが、カガミ及びナカムラも協力行動に駆り出されることもしばしばであり、やがてトキコのためのカガミ素行調査も成果は上がらず、かわりに合間を縫い彼女をなだめる日々が続く。
その日もナカムラは、所轄外の応援で現場から逃走した犯人を追っていた。犯人の纏う仰々しい法衣が目の前で翻った次の瞬間、ナカムラはその姿を見失う。そんな馬鹿なとあわてて周囲を見回すナカムラの猫背から、ぐいとひもが首に巻きつく。誰だ、と誰何する声も締め付けられた喉から出ずにそのままナカムラは昏倒する。
ハッと気がつくとどこか見慣れたバスルームに転がされているナカムラ。おやここはたしかカガミ部長の…と振り仰いだ目の先には、トキコが四肢をもがれあまたの管に繋がれて吊るされている。恐怖のあまり悲鳴が喉の奥に張り付くナカムラの背後、聞きなれたセロの音色のような声が響く。
残念ですナカムラさん、私が正義の断罪に夜も眠らず励む中で、トキコとあなたが通じていたなんて、そもそも私がふたりを引き合わせたとはいえ、私はあなたをとりわけ信頼していたのですよ。あなた方と過ごす時間はとても心安らぐものでしたのに、でももうおしまいです。
耳に心地よく憧れていたその声音が、なぜこんなに恐ろしいのだろう、恐ろしいのに、なぜこんなに地獄のように甘いのだろう。ああ、可哀そうにトキコ。おれはただお前を慰めてやってただけだのに。
ナカムラさん、とカガミは首を絞めながらナカムラの耳元に囁く、俺はあなたが好きでしたよ。遠のく意識の中で、ナカムラも思う、おれも好きでしたよカガミ部長、あなた以上に思う人なんておれにはいないのに、どうしてこんな幕引きになっちゃったのかなあ。
そしてカガミは口付ける、ナカムラの最後の吐息を吸い尽くすが如く。

***

カガミ部長、ナカムラが行方知れずです、二十面相一味に捕まってしまったのでしょうか?ナカムラと同輩の刑事が心配そうに話しかける。ええ、心配ですが捜査に集中しましょう、とカガミが返す。とはいえ今日はもう打つ手はないですが…と同輩。そうですね、これからまた忙しくなりそうですし、今日は家で相手をせねばならない客人がいるのでお先に失礼しますよ。カガミは一対の芋虫の待つ自宅へ帰っていった。