zencro’s diary

乱歩奇譚SS

花火0.1


うわ、降ってきた。
その日は思いがけなく仕事も早く済んで、ナカムラに誘われるままに近場の花火大会に出向いたが、日中から怪しげな雲行きの空は次第にどす黒く変わり、ついには天気予報通り振り出したのだった。
「ほらカガミ、グズグズしてると始まっちゃうよ~」
ナカムラはそんな天候にもお構いなしに、スーツの裾を掴んでグイと引っぱる。
「え、ナカムラさん雨も降ってきましたし中止なのでは?」
「何言ってんの、これっくらいの雨で流れるわけないじゃない」
ナカムラの言う通り、確かに打ち上げ予告の咆哮のような音がドンドンと上がった。
「ほらなー?この程度の雨ぐらい却ってお祭り心に火をつけちゃうってもんだよ〜」
(でもナカムラさん、このまま傘もささずに行ったら)

それでも、打ち上げが始まると空に関心が移る。周囲も雨そっちのけで、大輪の華が開くたびにともに歓声を上げる。
(綺麗だなあ)
顔に小雨が当たるのも気にならなくなり、カガミは夜空につぎつぎ散華する光の饗宴にしばし時を忘れた、が。
「ふぇっくしょい!!」
「だっ、だいじょうぶですか…?」横で盛大にくしゃみをしたナカムラに、慌てて声をかける。
「いっやぁ、やっぱ傘もなしで雨ん中じっと立ってるのはヤバかったかなあ。ま、へーきへーき、風邪なんか引いてる場合じゃないもんね今」
(いや、顔赤いし、熱が出てるんじゃ…)

ナカムラはたまに度を越してはしゃぐことがある。そんな時は決まって、どこかケガをしたり翌朝青い顔をしてたりするので、カガミは今日もそうなりそうな予感で気が気でない。ふだんは、若いカガミをサポートしたり導いてくれたりして範を示してくれる頼りになる先輩なのだが。

「ヘックショーイ、ズズッ」心配しているうちに、ますますナカムラのくしゃみの頻度が増え、鼻をすする音までしてくると、さあいよいよこれは風邪を引いたなと判断し、カガミはこの人混みからどこかの通りに出て、タクシーでも捕まえようと辺りを見回す。
「ナカムラさん、このままだと風邪がひどくなりますよ。車つかまえて、お宅まで送ります」
するとナカムラは「えええ?いいよそこまでしなくたって、帰ってシャワー浴びて寝ちまえば大丈夫だから」と嫌がる。
そのうえ、「あっそうだカガミ、この先にいい店あんだよね~穴場的な感じであまり混まないし、ずっと歩きづめの立ちっぱなしだったからさ、ちょっと休んでこうよ」と言い出す。
「ナカムラさん、そんなふうに無理したら、またこじらせますよ?」
「ええ〜大丈夫だよう」
「ダメです!今日はもう帰って」
「だってさ、」と、珍しくナカムラが言葉を遮る。「せっかく綺麗なもの見たのに、このまま日常に戻っちゃうの勿体なくない?」

花火のさなか、夜空に上がった大輪の華の色鮮やかな光が、見上げるカガミの顔を照らし、その瞳に吸い込まれてゆくのをナカムラは横で見上げていた。そして、花火が終わった後も、とりどりの光を吸収したカガミを前に余韻に浸っていたいと思った。
自分でもよくわからないその気分は、なぜだか何にもまして優先したい事のように思えて、ナカムラは、実はちょっと駄々をこねていたのだった。

「カガミはおれを帰らせたいの? おれは、ずっとこのまま一緒に居たいのにな~」
言った直後ハッと気付いて自分の言いように動揺し、ナカムラの背に冷や汗がドッと噴き出す。
(え、ちょっとおれ何言ってんだ、これじゃまるで恋人に向かってすねてるみたいじゃないか)
が、
「私は、それと引き換えに元気なナカムラさんと一緒に仕事ができなくなる方が嫌です」
ナカムラの動揺をよそにあっさりと返すカガミに、ナカムラはすっかり毒気を抜かれた。
「私は、ナカムラさんと職務に励む日常がとても大事です。なので、ナカムラさんの健康を害するようなことがあれば今後も全力で阻止しますから」
ナカムラの目を真っ直ぐに見ながら、カガミはよどみなく言いのける。
「またそんなこと言っちゃて〜」茶化そうとするナカムラだが、カガミはまたも当然のことのようにことばを続ける。
「ナカムラさんを前に、私は本心しか言いません」
「…はは、カガミは正しいなぁ」

どこまでも堅苦しくて真っ直ぐな、優秀な後輩。
(いつの間にか、こいつに寄りかかって甘えるようになってたのかなあ…)
自宅へ向かうタクシーの中、横に座るカガミの体の温もりに安らぎを感じながら、ナカムラは心地よい眠りに落ちていった。