zencro’s diary

乱歩奇譚SS

再会


ちょっと一杯だけのつもりだった。
だが最初に寄った店は閉まるのが早く早々に放り出されてなんだか気分が収まらない。
「仕方ねぇなあ」ともう少し長くやっていそうな店を物色する。
程無くステンドグラス風の看板の光に引き寄せられ、その店のカウンターにちょこんと腰かけた時、店の窓から見慣れた茶色のはねっ毛が過ぎてゆくのを見つけ、あっ、と喉の奥で声を上げてあわてて店の外へ飛び出し追いかける。
「お、おいっ」長身に追いつき肘を掴んで顔を覗き込んだ。
「な、何です?」狼狽した声とともに振り向いた顔を見て、ナカムラはハッと自分の間違いに気づいた。
「あ、すみませんね…」曖昧な笑い顔をのこし踵を返した背に、声が追い縋った。
「ちょっと待ってください、あなた、ナカムラさんですよね?」
どことなくききおぼえのある声に振り向くと、当の長身は首をかしげながら破顔する。
「お久し振りです、ハシバです」

あれから何年も経っていた。
かつて「少年」探偵だったアケチコゴロウは成人し、連絡係という名目のお目付け役からおれは外れて、アケチ・ハシバ・コバヤシの探偵組とはぷっつり音信も途絶え、おれは仕事に忙殺されて、互いに連絡を取り合う必要も感じないまま時が過ぎた。
「おっやぁー驚いたなー!あれ、こんな時間にこんなところで独りで、どうしたの、ハシバ家の坊ちゃんが」
「坊ちゃんは、もうよして下さいよ」と返すが声に怒った様子はなく、照れたように笑う。「財閥傘下の店舗を巡回していたんですよ。ひとりでないと目立つものですから」と言いつつスマートフォンを見る。
「…ナカムラさん、よろしければ少しお話しできませんか?折角お会いできたのにこのまま別れるのは惜しい気がして」
「あー、丁度そこの店に居たんだよ。そんな上等な店じゃないけど、そこでどう?」
「ええ、ご一緒します」そういう事になった。

カラン、と店内に入り元居たカウンターに戻る。
「よっこいせっと…ハシバ君は何呑む?あ、酒はイケる人?」
「はい、まだまだ修行中ですが案外自分は飲むのが好きなようです」
各々注文し、しばらくは近況報告会となった。
「へえ、まだ探偵さんのところへは出入りしてるんだ」
「はい、最近では僕の方から依頼することもありますよ」
「で、コバヤシ君はぜんぜん帰ってこない?」
「そうですね、でも気まぐれでふらっと戻っていたりもするんですよ。事前に連絡しろと言ってるんですが、まああまり効果は無いですね」
「ありゃ、相変わらずマイペースなんだなあ。きみも苦労するねえ」
「もう慣れましたけどね。まあなんだかんだ無事で、強運な奴ですから。あ、先日珍しくメールが来ていたんですけど…カガミさんの話を聞かれて」
「へえー」
「まだ、僕らの顔パスって有効ですか?って」
「へ?あぁ、あのときのー」グラスの液体を眺めながらナカムラが笑う。

 あいつは嫌がるだろうけどさ、きみ達だったらいいでしょ、顔パス!

「だいじょぶだよ、何ならおれのほうからあらためて口入しとくからさ。それにコバヤシ君なら機関の許可証持ってたでしょ、断りなくてもあれでいけるよ」グラスをあおって、追加を頼む。
「ありがとうございます。よければ僕と、ハシバ家の人間、という名目で口きいていただけると助かります。あいつ最近機関と関係が微妙らしくで、警察関連で許可証を使用したくないらしいんですよ。行動把握されたくないと言ってて」
「なに、危ないことになってるの?」
「いえ、大丈夫です。要所要所ではハシバ家のボディガードを配置するようにしてますから」
「はは、相変わらず凄い」過保護だねえ、という言葉はウィスキーと共に飲み下す。
「少々やりすぎという自覚はありますが。でも、最近その護衛もよくまかれるようになってきまして」
「はー」得体の知れない子ではあったけど。末恐ろしいねぇ。
手に負えないように言いつつも、コバヤシの事を口にするたびハシバの目は優しい光を帯びる。コバヤシの姿は長らく目にしていないが、おそらく彼もハシバの事を思い出すとき似た表情をするのだろう。
少年から青年の声へ変わり、程よく低くなったハシバの話し声が耳に心地よく、ナカムラは機嫌よく杯を重ねた。

「…ナカムラさん、ナカムラさん」
なんだよ、気持ち良いのに…あれ?
「大丈夫ですか?そろそろ出ましょう」
「ああ、ごめんね…おれ寝ちゃってたのか」
「お疲れのようですね、お送りしますよ」
「いや、だいじょぶ、だいじょ」ぶ、と言いかけて椅子から降りた途端によろけ、ハシバがあわてて支えた。
「…じゃあ悪いけど、そうしてもらおっかなあ」
いつになく、飲み過ぎてしまったようだった。

既に車の手配を済ませていたハシバは、店の外に待っていた車にナカムラを誘導し、ナカムラに住まいを尋ねる。だが車のシートに心地よくおさまった彼は、もうすっかり睡魔の虜になってしまったようで、ゆさぶってもいっかな起きる素振りも見せなかった。
「仕方ない、ナカムラさんちょっと失礼しますね」と言ってハシバは胸ポケットを探るが其処にあった手帳に住所は無く、携帯はロックがかかっていてお手上げだった。
「参ったなあ…あ、そうだ」ハシバが運転手に場所を告げると、車は夜の新宿の町から静かに目的地に向かって滑り出した。

「よいしょ…っと」
今では自分より背が低く体重も軽いとはいえ、眠り込んでいる大人ひとりを運ぶのは重労働だ。ようやく部屋のベッドへナカムラを横たえ、ハシバも疲労困憊でベッドの上にへたり込んだ。
「こんなに酔っても顔色が変わらないんだなあ」とりあえず靴を脱がせ、スーツの上着をとろうとした時、ようやくナカムラが気付いて眩しそうに薄目をあけた。
「あれぇ、ハシバ君なんでここにいるの?あれ、ここ…どこ?」
「すみません、ナカムラさん寝てしまって住所が分からなかったものですから、とりあえずハシバ家でキープしているホテルの部屋へお連れしました。ここなら、気兼ねなくゆっくりしていただいて大丈夫ですし」
朦朧とした脳に、落ち着いた声が心地よく、懐かしい。「ふぅん…ありがとな、……ん」
「え?なんて?」問い返すとまた相手は目を閉じている。
まあいいか、今日はこの部屋に泊まってもらえば。
ナカムラの上着を手に、ハンガーに架けたら帰ろうとベッドから腰を上げた。が、引っぱられる感触に振り向くと、眠ったと思っていたナカムラがハシバのスーツの袖を掴んで見上げている。
「待って」
「どうしました、気分が悪いですか?」
と、急により強い力で引っ張られ、ハシバはバランスを崩した。
「えっ」
次の瞬間気付けば、ナカムラがベッドに仰向けに転がったハシバを見下ろしている。照明の影になって見えないその顔が何事か呟いたがそれもよく聞き取れなかった。
「ナカムラさん…?」
突如ナカムラの顔が急接近し、あわや互いの唇まで触れそうになる寸前「何するんですか!」ハシバはナカムラの体を突き飛ばす。ゴンッ、という鈍い音が鳴って、ナカムラは壁際に蹲った。ハシバは慌てて「すみません、大丈夫ですか!?」と駆け寄り、ナカムラの顔を覗き込む。「…なんで泣いてるんです?」
「え?あれ…?」問われ、ナカムラは初めて頬に流れる滴に気付き驚く。

シャツの袖口で涙を拭い、「ちょっと、いいかな」
目の前のハシバの髪を右手で触れて撫でる。両腕を伸ばし、今では自分よりも広い背に手を回して抱き寄せる。
…ああ、同じ匂いがするなあ。



カガミ。