zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

君とだけドーナツ


ナカムラが一心不乱に食べているもの、それはエンゼルクリームドーナツだった。一緒に買ったと思しきコーヒーはぽつねんとベンチの上に置き去りのまま、ほとんど口を付けられていない。ひとつ終わるとまたひとつ、コンビニロゴの付いたビニール袋からゴソゴソ取出し、包装を開けるや再びもぐもぐと食べ始める。穏やかな木曜日の午後、四十近い背広ネクタイの男がひとり日当たりのよいベンチに陣取り只ひたすらにドーナツをもぐもぐもぐもぐ食べ続ける。口の周りがシュガーパウダー塗れになるのも構わず、片手に掴んだドーナツに集中し次から次へと食べまくる。いったい何が彼をつき動かすのか。いやそも彼にドーナツを食べる習性などあったのか。
近所のコンビニ店員は証言する。「あー猫背のおじさんでしょーなんか最近はドーナツばっか買ってるよねー、前はコーヒーやビールやタバコばっかだったのにねー」なるほど禁煙の口寂しさを紛らすためにドーナツをほおばるのか?「あらやだアタシの時は肉まんとかチャーシューまんとかばっかりよお、え、コーヒーやビール?いいええ彼はペットボトルのお茶ばっかりよお」タバコは?「買ってたおぼえは無いわねえ。ヤニ臭いと思ったこと無いしタバコの棚を見たことも無いと思うわあ」
ひとしきりドーナツを食べ終わり、漸く目を上げ公園を窺う。真上にあった太陽も次第に傾き、下校する子供たちが行き交い始める。そこへ、もうひとりスーツ姿の男がふらりとやって来た。「あれぇまだ居たのぉ?ホントここが好きだよねぇ。あーコーヒーここに置きっ放しにしてたかあ、冷めちゃったよねぇ、でも飲んじゃおー。よっこらせっと」ドーナツが空になった袋を丸めてポケットに押し込み彼は立ち上がる。「気に入ったんならまあ良いけどさあ、その姿で子供たちに悪さしないでねぇ」
ひょろりゆらりと去ってゆく背に呼びかけてコーヒーを飲み干し、ベンチを立ったナカムラはいつもの喫煙エリアへ歩いていった。