zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

景色


「カガミ、おいカガミ!」
呼びかける声に、カガミ警視は目覚めた。
「あふぇ?」
「あ~、よかったぁ〜」
目を開けたカガミを見て、ナカムラはほーっと胸をなでおろす。
ぽかっとまぶたを開けたまま、不思議そうにナカムラを見上げるカガミ。続いて、カガミは意外な行動に出た。
「なんだ、眠れないのか?」と言いつつ、ナカムラのあたまをくしゃくしゃ撫でる。
「…え?」
「あ…?あれ?」
互いに戸惑い顔見合わせて、ようやく『カガミ』は気付いた。

(俺、『表』に出ちまったのか?)

「どしたカガミくん、やっぱり打ち所悪かったかな、盛大にすっ転んで後ろ頭ぶつけてたしな〜、それとも、寝ぼけてる?」
(どうするかなーもとの宿主が気ィ失うと俺が出ちゃうんだ知らなかったなーまあいずれ事情話すんだったら今、説明しちまうか〜)
「あのな」
「あー、すぐ起き上がらないでいいから〜」
カガミの言葉を遮り、ナカムラはカガミの頭を撫でた。
「そういえばさっき、おれの頭こうやって撫でただろ?むかし、おれのじいちゃんがよくあんな風に撫でてくれたな〜なっつかしいなあ〜」
「あのな、実は俺」
「あー、もしかしてトキコさんと勘違いした?きみが頭撫でるなんて、妹さん以外想像できないもんね〜」
(お前ほんっとひとが何かいう前に先回りしちゃう奴だよなー)
自分のもとの体が絶命した8月20日、時同じくして生まれたカガミの中に気付いたら同居していた、カガミとは別のもう一つの人格。彼は、だがそれを明かさず、奇妙な巡り合わせで成長したナカムラに出会ってからも表に出ようとせず、ただひたすらカガミの裏から見守り続けてきたのだった。
(まあいいか、『カガミ』が気付くまで調子合わせとくかねー。なんせ、ずうっとこいつら見てたから、何とかなるだろ)
「ええ、すみませんナカムラさん。私は気を失っていたんですね」

心配顔で、自宅まで送ると言ってきかないナカムラに付き添われて、カガミの自宅へ戻った。すでにトキコが学校から帰っていたので、ナカムラは彼女に事情を話して引き上げていった。
ナカムラを見送り、トキコはこちらを振り返った。「兄さん、今日はもう着替えて休んで」
(…いや、今は『とうさん』ね?)
彼をとうさんと呼ぶこの人格も、もとの体を失った直後に出生したトキコの体に同居していた。かれらは、あくまで傍観者としてカガミとトキコ、そして兄妹がナカムラと出会ってからはナカムラも、見守っている。
(ああ、カガミがな、頭を打って気ィ失い続けてるんだよ)
(ゼンシローとは、話せたの)
(カガミとして、な。どうしよっかなぁって思ったけど、やっぱ俺らはもうこの世の住人じゃないから。あ、そろそろ起きてきたみたいだぞ、カガミ)

数年後。
(とうさん、とうさん)
ケーキの箱を持って帰り道を急ぐカガミに、いやもうひとつの人格に呼びかける声がした。
(どうした、離れている時にこんな風に呼びかけるなんて、珍しいな)
(あのね、トキコは、もう死んでしまうわ。ずいぶん酷い目に遭って酷い姿にされてしまった。信じられない、どうしてこんないい子が。でも、やっぱり死んでしまうの)
(何だって…それで、お前はどうなるんだ?)
(宿主が死んでしまうのだから、私もいよいよ消えるしかないと思うの。さすがに2度もほかの人間の魂と同居できるとも思えないし。さよなら、とうさん、ゼンシローをお願いします。ケイスケも、なんて可哀想に…。どうか、自暴自棄になりませんように…)
(さよなら…そんな、俺は見てる事しかできないのに)

数日後。
(なあ、カガミはまだまだ、殺し続けるつもりだよ。俺は、見てるしかないんだ。もう止めてやりたいよ。もう、見たくないよ。でもこいつはまだまだ『断罪』する相手に事欠かないんだ。どうすりゃいい…性懲りもなく、学生探偵のところにも行き続けてる。なあ、お前ならどうしてた?)
考えあぐねた挙句、かれはカガミの人格に「体当たり」をしてみた。ちょうど探偵の元を去ろうとする矢先だったカガミは、脳に一撃を食らったような衝撃を覚えて、よろめいた。
「寝てないのか?」
(じっさい、寝てないのさ。探偵さん、痕跡を残しといたから気付いてね)

さらに、数日後。
ナカムラが、収監されて間もないカガミとの面会にやってきた。
「や、調子どう?」
(カガミは、よくやっているよ。俺も、もっと早くに、こいつに干渉できてたらなあ、と今もよく思うけど)
「俺に気遣いしなくていいですよ」
「はは…」
(でもやっぱ俺は、こいつがこいつ自身の意思で生きてほしい、と思ってさ)
「そんじゃぁ、また来っから」
(できたら、今までみたいにこいつに声をかけ続けてやってくれよ。そしたら、きっとカガミは大丈夫だよ)
「ありがとうございます」
(見てるだけで、何にもしてやれなかったけど、まあ俺はユーレイみたいなもんだからさ。…ただ、カガミと一緒に、お前に会えてよかった)
誰にも聞かれることのない呼びかけを遺して、かつてカガミの中で目を覚ましたその人格は、やがて薄れ、消えていった。まるで宿主の中で天寿を全うしたかのように、夢から醒めるように。

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