zencro’s diary

乱歩奇譚SS

影男


私は生後間もなく体の骨格が溶解していく病魔に侵された。ごく一般的な家庭でその病はとても手に負えず、両親は政府に説得され、私を宮直属の病院に手渡すことに同意。以後私は思春期に至るまで人里離れた隔離施設で最先
端の治療を施され、様々な薬を試される体のいい実験体として過ごした。そんな中で、ある薬が私の骨格をかろうじて保つ効果がある事がわかり、さらにまとう筋肉を細く軽くより柔軟なものへ改造することで、10歳を目の前にようやく私は自分の脚で立ち歩く事が出来るようになる。薬と新たな筋繊維は、それまで目と耳と鼻と口の所在がかろうじてわかる計7つの穴が空いただけの、ほとんどのっぺらぼうであった私に、いくばくかの表情を持たせることにも成功した。ただその「顔」は一定の形を長時間保つことが難しく、放っておくと常にくねくねと波打った。それは顔のみならず全身においても現れた。総体積・総重量は変わらないのだが身長が常に変化し縦に細長くなっては横に膨らんだりするのである。看護人たちはそんな私が歩く様子をしんきろうかかげろうのようだね,、と評したものだ。11歳の誕生日を迎える頃、私は自分の顔をある程度同じ形に保つ訓練を受けるようになった。コツは、ある種の痛みの感覚を体の表面に感じ続ける事だ。当時薬と体組織の改造のため私の体は痛みをほとんど感知できない体になっていた。辛い痛みを感じないので助かることは確かだが、そのままでは私の体はどんどん元の形をとどめなくなってしまうらしい。医師たちは新たに開発されたな薬液を私に定期的に注入、かすかな痛みを体の表面に感じさせることに成功した。毎日鏡の前で顔や体型を保つ訓練をするうちに、私はさまざまな人物を自在に模倣できるようになっていった。そもそもこの実験は、政府が彼らのさまざまな目的を達するための工作員作りが目的だったようだ。14歳になると、私は政府の命で色々な容貌や容姿、時には性別まで変えてあらゆる場所に潜入するようになった。17歳の時、やはり任務でとある財閥の家に赴き、海外に飛び出したっきり音信不通になっていた長男に変装、まんまとある品物を盗み出した。ところがその家から逃亡する際、花壇に仕掛けられた罠に足をとられてしまう。すっかりくわえ込まれはしなかったが足が若干削れてしまいいくら体を自在に変えられるといってもすぐ元のように走る事は出来ずいよいよ万事休す、という所で、その家のメイドの娘である10歳くらいの女の子が小さな体で一生懸命私を支え離れた茂みに連れて行ってくれた。その時私がつかんだ彼女の華奢な右肩、そして腰に当てて支えてくれた小さな掌、荷が重すぎ大粒の汗をたらたらとこぼしているにも関わらず大丈夫、痛くない?と気遣ってくれる掠れた声、私は生涯忘れまい。後日私を助けた事が露見して、彼女は酷く叱責を受けたりしなかったろうか。そのような見返りを求めない、考えもしない優しさを向けられたのは私には初めての体験だったのだ。それ以来、なぜか私は他のどんな人間に変装できても少女にだけは成ることができなくなった。少女に変装しようとすると、きまって成型のために必要な痛みをその時だけは思いだすことができず、形が崩れてしまう。おそらく、逃亡後あとに残した少女への罪悪感が、全身の皮膚を波打たせてしまうのだろう。やがて私は政府の組織から脱走し、追われる身となりながらも自分の特技でもって生きていくことになるのだが、それはまた別の話。