zencro’s diary

乱歩奇譚SS

「や、こんばんは」
 
「ナカムラさん?なぜここに?」
「警視こそ、おうちに帰らずなぜここに?」
「すみませんナカムラさん、私はこれから用があるので」
「つれないなあ、一緒に行こうよ」
「だめです」
「どうして?」
「どうしてもです」
「おれのいうこと何でも聞いてくれてたのに」
「今はだめです」
「なぜ?」
「なぜでもです」
「さみしいなあ」
「聞き分けてください」
「やだよ」
「なぜ」
「なぜでも」
「どうどうめぐりですね」
「そうだね」
「すみません、時間がないんです」
「おれと話す時間もないの?」
「もう行きます」
「ねえカガミ」
「すみません」
「だめだよ」
「さようなら」
「 だ め 」

何で そんな こと い う  の


***

それきりカガミは口を利けなくなった。
発声発語の中枢が破壊されたためらしい。
意思疎通するときはキーボードをたたいてモニタに出して話す。
「おはよう、カガミ」
『おはようございます、ナカムラさん』
キーボード叩いてまで敬語なんて使わなくていいのに。
「カガミは、律儀だね」笑って言うと
『性分ですから』と返す。
けど、もうあの張り詰めたような声は聞こえない。
「ごめんね、途中で止めさせて」
『いえ、止めてくださってありがとうございます』
『ナカムラさんが私を一緒に連れて来てくれて嬉しい』

***

いいんだ アッチの世界はアッチに残った奴らが何とかするだろ。
生命維持装置に繋がれた芋虫は放っておけば腐り果てるし
断罪未遂の不届き者も、別の20面相がどうにかするだろう。
探偵さんは新しい連絡係を雇えば良いし

***

カガミは、口が利けない。おれが殴ったせいだ。
やがて、目が見えなくなった。
嗅覚はだいぶ前から。
そしてきょうは、耳が聞こえなくなっていた。

すらりと伸びた腕も脚も、程よく引き締まった若い軀も
ときどきおれに触れていたしなやかな指も

いつかどこかに溶けて消えて。

 

***

 

ka ga mi ,

タイプしておれは話す。
「カガミ、其処にいるのかい?」
『はい、此処にいます』
それだけなのに、なんて幸せなんだろう。

 

***

 

あ、おれの部屋に居ついてた猫、どうしてるかなあ。