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zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

往来

「カガミケイスケ、面会だ」
呼ばれ、カガミは面会室へ向かった。収監されて以来、しょっちゅうナカムラは面会に来る。それこそ以前ともに働いていた数年間と変わらぬ頻度で顔を合わせている気がするほどだ。これほど自分に時間を割いて、刑事の職務はちゃんと果たせているのだろうか。足しげく訪れてくれる、それは間違いなくうれしいのだが、それにこちらが心配する筋合いもないのだが、仮にも彼の上司だったこともある身としては気になってしまう。
「ナカムラさん、そう何度も来ては」床に目を落とし面会室の椅子に腰かけ、目を上げて面会者を見た。「やあー、カガミくん」
影男だった。
「えっ」
「ふーぅ、元気だったかね?といっても直にお会いするのは初めてなわけだが」
「どっ、どうして君がここへ」
「そりゃあ、これをこうして」ガサッ「こうだ!」
「あっ、ナカムラさん!なるほどー、って、いやおかしいでしょう!姿かたち真似たとしても許可証とか」
「あーそれくらいへいきへいき、今どきこんなカードでパスしちゃうなんてセキュリティ甘いと思うよ?とはいえ今日はナカムラ警部に借りたんだけど、ホラ」
ナカムラゼンシロウと印字された許可証。
「ナカムラさん、これをそんな易々と貸してしまうなんて……」
「あ、ナカムラ君は悪くないのだよ。私が勝手に拝借したのだから」
「……なるほど。で、今日はどうして私に?」
「そうそう、実はナカムラ君が寝込んでいてねー」
「えっ」
「しばらくここに来れそうにないみたいなので代わりにワタシが」
「でもなぜ君が」
「まあそんな事は良いから。見舞いに行ってきたまえよ」
「……いえ、それは無理に決まってるじゃないですか」
「うーんんん。君まだ自分が分かってないんだな。まあ、夜になるまで待ちたまえ。出るから」
「えっ」
「ではね、カガミくん。ナカムラ君によろしくぅー」
「えっ」
あっけにとられたカガミを置き去りにして、ナカムラの姿をした影男は出て行った。
「なんだったんだ……あ、ナカムラさん大丈夫かな」

「にいさん」
「えっ」
就寝時刻をだいぶ過ぎた頃、呼び声にカガミは目を覚ました。
「にいさん、そろそろ行くわよ?起きて」
「えっ」
「にいさんさっきから『えっ』しか言ってないよ」
「まさか……トキコ……?」
「あのね、にいさん」"トキコ"は生前のままに首をかしげる仕草で言った。
「にいさんは、もうこの世界の人間じゃなくなってるの」
「えっ」
「にいさんは、もう死んでるの」

「ほら、にいさん」
「だがトキコ、この格好で外へ出るのは」
「もー、どうせほかの人には見えないわよ。でも、にいさんが気になるというなら、ちょっと目を閉じていて」
身体の周りにふわっと風が撫ぜたような気がして、トキコの合図で目を開けると、刑事現役時代のようなスーツと靴の姿になっていた。
「あ」カガミが胸元を見下ろすと、そこには懐かしいネクタイも。
「にいさん、大事に使ってくれてありがとう。一時は外してたみたいだけど、せっかくだからまたしめてほしくって」
久しぶりにしめるトキコの贈ってくれたネクタイ。カガミは顔をほころばせ、いとおしそうにその布地をなでた。
トキコ、俺はまだ思い出せないんだ。俺はいつ、その、死んだのだろう?大体、なぜ影男が俺に伝えに来た?彼はいったい何者なんだ?」
「影男さんはね、簡単に言うと、ちょっと『ゆるい』存在なの。異なる世界を同時に見ることのできる体質、みたいな。にいさんの記憶は……今はまだいいわ。まずは、ナカムラさんのところへ行かなくちゃ」

兄妹は、ナカムラの住むアパートにたどり着く。難なく窓から居室に入ると、果たしてナカムラが使い古された布団にくるまって眠っている。いつものようにこけた頰、目が隠れるほどに伸びた前髪、無精髭。起きている時ならまだしも、眠っていると本当に疲れてそのまま果ててしまったかのような姿だ。
「……ナカムラさん?」カガミは横たわるナカムラに呼びかける。深く寝入っていると思っていたが、思いの外すぐにナカムラは目を覚ました。
「……あれえカガミどしたのこんな時間に……え!?かっ、カガミ!?えっ何お前どうしてなんでなんで!?」
「お休みのところすみません、ナカムラさん。実は俺いつの間にかしん」
「おっはよーございまぁす!ナカムラさん、その節はお世話になりました〜」
「えっ とっトキコさん?なんで君らが揃ってここに、あ、夢?」
「あのですね、にいさん死んでるのは知ってますよね。でも自覚してないから教えに来たの。そしてナカムラさん、あなたも死んでるのよ」
「なんと」
「えっ、ちょっとまて、ナカムラさんも……なのか?」
「そうよ、牛丼チェーン店でバナナの皮ですべって打ち所が悪く」
「なにそのコントみたいな死因」
「嘘だろ……なんてことだナカムラさんまで」
「驚いたねえ、牛丼屋にバナナの皮が落ちてる事もあるんだ」
「と、言うわけで」咳払いをして、トキコが宣告する。「ふたりとも、地縛霊やめて成仏しましょ!」小首かしげる癖も昔のままに。

トキコが惨殺されその骸を吊されたことで、カガミは断罪という名の連続殺人を犯し、ナカムラはギリギリまでカガミを救うべく奔走した。が、叶わずにカガミは刑死、失意でぼんやりとしていたナカムラは足元がおろそかになり馴染みの店で転倒しあっけなく死亡。
「ごめんね!そもそもわたしが気をつけていれば、ふたりもこんなふうに人生に幕を閉じることも無かったね」
「何を言うんだ、お前のせいであるものか!すべてはスナガが、スナガを放置した法が……いや違う、そもそもお前を守れなかった俺の罪だ。そしてお前が殺されたことに逆上して、傲慢にも断罪と称して犯罪者に身を落としてしまった俺の罪だ。すまない、お前の死を二重に穢してしまって。すみませんナカムラさん、俺のために奔走させて、疲れ果てさせてしまって……ッ」
「あああ、ちょっとちょっと、カガミ何泣いてんの~死んでまでさ。みんなでそれなりに頑張って、結果こうなったんだからもういいんじゃない?そんなふうに自分責めてるきみたち見ると、おれだって、もっと良いやり様があったかもしれないのになあって落ちこんじゃうよぉ」
「ナカムラさん、でも」
「でもさ、死んじゃっても今こうして三人で話せるなんて、おれ達けっこうラッキーなんじゃない?トキコさん、よく迎えに来てくれたねえ、でなきゃおれ、死んでんのに気付かないでずっと働き続けてたよーせっかく死んだんだから、気楽に過ごしたいもんねえ。ありがと」
「やだ、もう、ナカムラさん泣かせないでよ死んでるのに。それににいさん、わたしね、もう憶えてないのよ、殺された時の事。だから、そんなふうに思いつめないで」
「ほんとか、トキコ
「ほんとよ。もう、怖くないし何ともないよ。だいじょうぶ」
「そうか……そうか」

「おやー、もう来てたんだね諸君」影男がゆらりふらりとやってきた。
「はーい、その節はどうも影男さん」
「……はっ、ちょっと待て。影男くん、君、ナカムラさんが寝込んでいるから見舞いに来いと言ってたが、病気どころか亡くなっていたじゃないか!」
カガミが食ってかかった。
「いやぁ、だってきみ妹さんがいきなり行ったらびっくりするだろう?それにきみが自分の状態に本当に気付いているか分からないと彼女が言うので、まずはいちおう生身のワタシが、ワンクッション置こうと思ったのだよー」
「いやそれワケわからないし、びっくり回数が増えただけだよ……」
「まあまあ、もういいじゃないにいさん。それに私の方も一応気を利かしたのよ?ナカムラさんを迎えに行くならにいさん一人で行きたいんじゃないかな、なーんて。もしにいさんが知ってて地縛霊やってるなら、愛しのナカムラさんが寝込んで動けないと分かればにいさん自分からすっ飛んでいくだろうって」
「すまん、トキコ。よけい意味が分からないのだが……」
「それじゃ影男さん、わたしたちそろそろ行きますね」混乱しているカガミをよそに、トキコが切り出す。
「あーそうそう、これからも女の子に手ェ出しちゃだめだよー、まあだいじょぶだと思うけどさぁ」ナカムラが影男にくぎを刺す。
「……ナカムラさんは彼の正体をご存じなのですか?」
「へ?あっそーか、そういえばなんで彼、死んでるおれたちとこんな風にしゃべってるんだろうねえ?」脱力するカガミを見て、ナカムラはいっそうヘラヘラする。
「まあ君たち、せっかく死んだのだ、これからは元気に楽しく死人ライフを楽しみたまえ。ではワタシも暇ではないので失礼するよ。今日も少女たちを見守る使命があるからね、ごきげんようー」
「元気に……死人ライフ……」
「ははは、ほーらカガミ、リラックスリラックス~」

幻想と奇想の乱歩奇譚世界で、彼らの最期はこのようなものであったかも知れない。