zencro’s diary

乱╲(・ω・)/歩 ╲(・ω・)/奇╲(・ω・)/譚

6月のおもいで


「ナカムラさんいらっしゃいますか?……あれ、ここにもいない」
「なんだぁ、お前がここに顔出すって珍しいなカガミ」
換気レベルを最大にしてもなお視界が良くない部屋の中から声がする。
「一課にも姿が見えませんし、出かけるという報告もないんですよ。ご存じありませんか」
「トイレじゃないの?」「個室で唸ってないかあ」
続く笑い声を背にして、やれやれと頭を振りながら次の探すアテは、と首をかしげる
「コールしても出ないしなあ」ともう一度スマホで呼び出す。と、聞き覚えのある呼び出し音が隣の小会議室から響いてきて、急ぎドアをノックして開ける。
「ナカムラさん?」
だが其処にもナカムラの姿は無かった。途方に暮れるカガミの耳に、しかし引き続き聞こえるコール音。
「あ、あった、ナカムラさんのケータイ!」
それはコの字型に並べられた長机の端で、所在無げに振動しつつ呼び出し音を発し続けていた。だが、持ち主はいったいどこへ?
途方に暮れるカガミ。その背後からいつもの間の抜けた声が呼び掛けた。
「あっれえカガミくん、どしたの?」
「……どしたの、じゃありませんよナカムラさん!いったい私がどれだけあなたを探し回ったか、いったいどちらへ行かれてたんですか!!」
一瞬、安堵の後どっと沸き起こった怒りを抑える事が出来ず、カガミは一気にまくしたてた。
「ああー悪い悪い、ちょっと腹具合がおかしくてさぁー」
「ほんとにトイレだったんですか......」
一気に脱力するカガミ。
「まぁ、わかりました…...2課と打ち合わせの時間ですよ、早く行きましょう」
「ごめんねぇ、でも会議途中で中座するのも何だしさぁ」
首すくめて後輩の叱責をうけながらも、へらへらと緊張感のないナカムラ。カガミはそんな彼を見て、あきれつつも和んでしまう。
「仕方ないですねえ……あ、そうだ」
とナカムラのケータイを取り出す。
「ナカムラさん、会議室にこれお忘れでしたよ」
「あ!?あっ、あれぇ、ほんと?」
上着の内ポケットやら尻ポケットをまさぐるも、目指すものがなくみるみるナカムラの顔は青くなる。
「カガミくんが拾ってくれたのかぁ、よかったー」
「気を付けてくださいよ、ナカムラさん」
笑ってナカムラにケータイを渡す。ところが、ナカムラは受け取ったケータイを手の中でモゾモゾもてあそびながら、なぜか重そうに口を開く。
「えっとね、カガミくん……」
「はい?急がないと、皆さんお待ちですよ」
「あぁ……、あのさ、ケータイの中、見ちゃった?」
カガミはそれを聞いて少しムッとする。
「そんな、ナカムラさんに無断で見たりしません!」
「う、うーんそうだよねーごめんねー」
「……?なんです、何かご懸念があるのですか?」
「うーん、いやぁ……」
「わかりました。」
「はい?」
「ナカムラさん。ケータイを見せていただけませんか。」
「ええっ」
「ナカムラさんとの間に私は、このようにもやもやした気持ちを持ち続けるのは、いやです。見られると困るものですか?ナカムラさんの人生が狂うようなものですか?」
「いやーそんなことは、無い……と思うけど、ね」
「はい、ナカムラさん」
カガミはナカムラの前に掌を差し出す。
「うん」ナカムラは、渋々ながらケータイをカガミのてのひらにのせる。
すると、カガミはぱぁっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます。もう納得しました、お返しします。ためすような真似をして申し訳ございません!」
中もあらためぬまま、カガミはまたナカムラにケータイを返す。
「え、いいの?」
「はい!」
ナカムラはあっけにとられて、返されたケータイを手にしたままカガミを見る。
「そう来たかあ……よしっ、見せちゃお!」
そう言って、ぱかっとケータイを開き、カガミの方へ警察手帳のように突き出す。
「ごめんなカガミ、ほら」
「……あ」
開かれたケータイの待ち受け画面には、自分が紫陽花に向かってスマホをかざしている姿があった。
「ナカムラさん、これ一体いつ...?」
「はは、まだ君がここにきて間もない頃にさ、あそこの公園の紫陽花にカタツムリがいるの見つけて夢中で写メ撮ってたことがあったの、おぼえてない?」
「うーんんん?」
「はは、もうおぼえてないかぁ、そりゃそうかあ、でね、あんまりカガミくんがかわい……いや、絵になるからさ、つい撮っちゃったんだ。ついでに待ち受けにもしちゃってさ、ついついずっとそのまんまで……ごめん!!」
「ナカムラさん!」カガミが勢い込んで大声を出す。
「ひえっ!?ごめんね!?」
「いえ、私も思い出しました、確かまだ……これです、この時ですよね!?」
カガミはスマホで指をせわしなく動かし、めざす画像を見つけ出した。
「あ、そうそう、その日付!思い出したかあ、いやぁ無断で隠し撮りみたいなことしちゃって今まで黙ってて、ほんと悪かったよね」
「ありがとうございます!」
「へ?」
「私の写真を、大事に待ち受けにまでしていただいて、本当に嬉しいです!」
「……怒んないの?」
「なぜです?」
カガミはきょとんとして聞き返す。
「いやぁ……だってさ、気持ち悪くない?」
「そういうものですか?あ。待ってください」
カガミはスマホの上で指を素早く動かし、「見てください」と画面を差し出す。
「へ、なになに……ってうわっ!!」
そこには、一面ナカムラの姿を撮影した画像が並んでいた。
「なにこれ!?いつの間に?」
「私も、日々のナカムラさんの姿をとどめたくて、ずっと撮り続けているんです。ホラ、この写真なんか我ながらよく撮れていると思うんですよ……!」
「お、おい……」
「ほら、これも……あとこっちのは、ブレてしまったんですがかえって躍動感が」
「おい!」
「あっ、はい?」
「いい加減にしろよこの野郎!!」
「えっ?何がですか??」
「なにって……、……まあ、……いいか……」
「いいでしょう!ほらこっちのアルバムには撮る角度にこだわった画像をですね……」

「おい、そこのふたり!!」

廊下に響き渡る大声にびくっと肩をすくめる。
「ナカムラ!なにやってんだ、もう時間過ぎてんだぞ、さっさと来い!」
二人は顔を見合わせ、慌てて怒鳴り声の主の方へ走り出す。

走りながら、
(こいつって、ちょっとやばい奴なのかなあ……)
と自分の事は棚に上げて思うナカムラであった。
 

「ふぁー今朝も眠いねえ」
いつものように布団の温みを名残惜しく思いつつナカムラが伸びをする。窓の方を見ると既に開いているカーテンから光はまだ漏れていない。
「あらー、今日はおてんとさんも寝坊かな」そんな事をまだ目ざめきらぬ頭でぼんやり考えていると、玄関のドアが開く音がした。
「あ、起きてらっしゃいましたかナカムラさん」
「おーカガミおはよ、また走ってきたの?まいんちえらいねえ」
「いえ、習慣ですから。すみません、すぐ支度します」
「ああ、いいよいいよ、先にシャワー浴びといで。」

カガミが出所して、ひと月が経とうとしていた。身を寄せるあてのないカガミを、ナカムラが当然のように自宅に呼んで以来、窮屈ながらも割と愉快に共同生活を送っている。
当初カガミはナカムラに気遣って同じ時間帯に寝起きしていたが、やがて、収監前までは毎朝続けていた早朝ジョギングを再開するようになっていた。
そして、朝食を作るのはカガミの役割だ。不器用ながらも生来の生真面目さ故で、着実に手際も良くなってきている。

「お、納豆にオクラが入ってる。これ美味いよねー」
「旬なので刻んで入れてみました。ナカムラさんも好きならよかったです」
「うん、ネバネバは体に良いしねえ。味噌汁も塩梅良いなあ、カガミ腕上げたね」
「ありがとうございます、ようやくダシを入れるのを忘れないようになってきました」
「おっと、ちょいとゆっくりしすぎちゃったかな、ごちそうさん
「はい、行ってらっしゃいナカムラさん。……あ、そうだ。これから降りそうな感じでしたから、傘忘れずに持っていってください」
「はいよーありがとな、カガミ」

ナカムラが出かけるのを見送り、部屋に戻ったカガミが食器を片付けようとすると、ちゃぶ台の上にナカムラの携帯が置きっぱなしになっているのに気がついた。
「まずい!追っかけないと」
ひっつかんで出ようとした矢先、携帯が鳴った。
「はい、ナカムラさん?」
「ああカガミ、よかったー」ナカムラがホッとした声で応答する。
「いまどちらですか、これから追いかけようとしたところです」
「ああ、いいよー、近いしいったん戻るよ。じゃ」
ガチャン
「うーん、ほんとはこっちから持ってった方が時間のロスも少なくて良いんだが…仕方ない、待つか」
カガミは携帯を置いて台所に戻ろうとしたが、「……あれ?」と思い、またちゃぶ台に戻る。携帯を再び手に取り、パカッと開けた瞬間。
「あっ」
と声が出た。
懐かしい画像。まだ「カガミちゃん」と呼ばれていた頃、署の近くの公園でカタツムリに夢中になって写真を撮っている姿を、ナカムラが撮影したものだ。そして、その数年後、ナカムラが自分の携帯の待ち受けにしていることを「自白」したのだった。……懐かしさと当惑に、カガミはナカムラの携帯を持ったまま、ぼうっと立ち尽くす。

「……ただいま?」
すぐ後ろで声がして、カガミは飛び上がった。
「な、ナカムラさん」
「どしたのよーチャイム鳴らしても出ないしさ……あ、それ」
ナカムラがカガミの手にした携帯を指さす。カガミははっと気がついて、ナカムラの手に携帯を渡した。
「ナカムラさん、まだその待ち受け使っていたんですか」
「あ!ハ、ハハハ、そうなんだよねぇ、ほらほら、以前カガミに良いよって言ってもらえたからさぁ。他に使いたい写真もないしさぁ……えっと、まずかった?いいよね?」
「ナカムラさん」
何をどう答えていいのか、ちょっとの間、頭が回らなかった。
ほんとに、このひとは。
「勿論です。いえ、懐かしくて、それにあれからだいぶ経つのに、今でも待ち受けにしていただいてるなんて、びっくりして」
「これ、カガミいい顔して笑ってるよねぇ。おれ、カガミがうれしそうなの見るの好きなんだ。でもそんなのカガミはキモいのかなぁって、実は気になったりしててさぁ」
「いえ、ずっと使ってもらってて、俺も嬉しいです」
顔をほころばせた途端、思わず涙がこぼれた。
「え、なにカガミ、泣いてんの?」
「あ、あれ?」ぽろぽろと止まらない涙に、カガミ自身も当惑する。
「やっだなあ、そんなに嬉しいの?なんか照れるじゃない」ナカムラは、そんなカガミの背をぽんぽんとたたいて言った。「そんなに嬉しいなら、その泣き顔も撮っちゃうよー?ついでに待ち受けにしちゃおっかなあ~」
「い、いや、それは勘弁してください!!」
あわててカガミが制止する。一瞬ののち、顔を見合わせ二人は吹き出した。
「はは、は……あ?おれ何しに家戻ってきたんだっけ」
「あっ、ナカムラさん、時間は」
「……え?ああっまずい、遅刻だー!」「ナカムラさん携帯を!」
ナカムラは、ばたばたと慌ただしくまた玄関を駆けだしていった。

はー、と息をつく。そして、
「ありがとうございます。」
カガミは、ナカムラの走り去った方角へ、頭を下げて呟いた。


機種こそ何度か変わったが、ナカムラの携帯の中にいるカガミは、いつも目を輝かせカタツムリにスマホを向けて笑っている。


これは2017年のカガナカカレンダー6月用に書いた短文の、後日譚です。
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