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zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

6月のおもいで 続

「ふぁー今朝も眠いねえ」
いつものように布団の温みを名残惜しく思いつつナカムラが伸びをする。窓の方を見ると既に開いているカーテンから光はまだ漏れていない。
「あらー、今日はおてんとさんも寝坊かな」そんな事をまだ目ざめきらぬ頭でぼんやり考えていると、玄関のドアが開く音がした。
「あ、起きてらっしゃいましたかナカムラさん」
「おーカガミおはよ、また走ってきたの?まいんちえらいねえ」
「いえ、習慣ですから。すみません、すぐ支度します」
「ああ、いいよいいよ、先にシャワー浴びといで。」

カガミが出所して、ひと月が経とうとしていた。身を寄せるあてのないカガミを、ナカムラが当然のように自宅に呼んで以来、窮屈ながらも割と愉快に共同生活を送っている。
当初カガミはナカムラに気遣って同じ時間帯に寝起きしていたが、やがて、収監前までは毎朝続けていた早朝ジョギングを再開するようになっていた。
そして、朝食を作るのはカガミの役割だ。不器用ながらも生来の生真面目さ故で、着実に手際も良くなってきている。

「お、納豆にオクラが入ってる。これ美味いよねー」
「旬なので刻んで入れてみました。ナカムラさんも好きならよかったです」
「うん、ネバネバは体に良いしねえ。味噌汁も塩梅良いなあ、カガミ腕上げたね」
「ありがとうございます、ようやくダシを入れるのを忘れないようになってきました」
「おっと、ちょいとゆっくりしすぎちゃったかな、ごちそうさん
「はい、行ってらっしゃいナカムラさん。……あ、そうだ。これから降りそうな感じでしたから、傘忘れずに持っていってください」
「はいよーありがとな、カガミ」

ナカムラが出かけるのを見送り、部屋に戻ったカガミが食器を片付けようとすると、ちゃぶ台の上にナカムラの携帯が置きっぱなしになっているのに気がついた。
「まずい!追っかけないと」
ひっつかんで出ようとした矢先、携帯が鳴った。
「はい、ナカムラさん?」
「ああカガミ、よかったー」ナカムラがホッとした声で応答する。
「いまどちらですか、これから追いかけようとしたところです」
「ああ、いいよー、近いしいったん戻るよ。じゃ」
ガチャン
「うーん、ほんとはこっちから持ってった方が時間のロスも少なくて良いんだが…仕方ない、待つか」
カガミは携帯を置いて台所に戻ろうとしたが、「……あれ?」と思い、またちゃぶ台に戻る。携帯を再び手に取り、パカッと開けた瞬間。
「あっ」
と声が出た。
懐かしい画像。まだ「カガミちゃん」と呼ばれていた頃、署の近くの公園でカタツムリに夢中になって写真を撮っている姿を、ナカムラが撮影したものだ。そして、その数年後、ナカムラが自分の携帯の待ち受けにしていることを「自白」したのだった。……懐かしさと当惑に、カガミはナカムラの携帯を持ったまま、ぼうっと立ち尽くす。

「……ただいま?」
すぐ後ろで声がして、カガミは飛び上がった。
「な、ナカムラさん」
「どしたのよーチャイム鳴らしても出ないしさ……あ、それ」
ナカムラがカガミの手にした携帯を指さす。カガミははっと気がついて、ナカムラの手に携帯を渡した。
「ナカムラさん、まだその待ち受け使っていたんですか」
「あ!ハ、ハハハ、そうなんだよねぇ、ほらほら、以前カガミに良いよって言ってもらえたからさぁ。他に使いたい写真もないしさぁ……えっと、まずかった?いいよね?」
「ナカムラさん」
何をどう答えていいのか、ちょっとの間、頭が回らなかった。
ほんとに、このひとは。
「勿論です。いえ、懐かしくて、それにあれからだいぶ経つのに、今でも待ち受けにしていただいてるなんて、びっくりして」
「これ、カガミいい顔して笑ってるよねぇ。おれ、カガミがうれしそうなの見るの好きなんだ。でもそんなのカガミはキモいのかなぁって、実は気になったりしててさぁ」
「いえ、ずっと使ってもらってて、俺も嬉しいです」
顔をほころばせた途端、思わず涙がこぼれた。
「え、なにカガミ、泣いてんの?」
「あ、あれ?」ぽろぽろと止まらない涙に、カガミ自身も当惑する。
「やっだなあ、そんなに嬉しいの?なんか照れるじゃない」ナカムラは、そんなカガミの背をぽんぽんとたたいて言った。「そんなに嬉しいなら、その泣き顔も撮っちゃうよー?ついでに待ち受けにしちゃおっかなあ~」
「い、いや、それは勘弁してください!!」
あわててカガミが制止する。一瞬ののち、顔を見合わせ二人は吹き出した。
「はは、は……あ?おれ何しに家戻ってきたんだっけ」
「あっ、ナカムラさん、時間は」
「……え?ああっまずい、遅刻だー!」「ナカムラさん携帯を!」
ナカムラは、ばたばたと慌ただしくまた玄関を駆けだしていった。

はー、と息をつく。そして、
「ありがとうございます。」
カガミは、ナカムラの走り去った方角へ、頭を下げて呟いた。


機種こそ何度か変わったが、ナカムラの携帯の中にいるカガミは、いつも目を輝かせカタツムリにスマホを向けて笑っている。