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zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

地下へ

直通エレベーターが警視庁最下層へと辿りつく。
分厚い鋼鉄の壁で周囲の音が完全に遮断された空間で、自身の足音と衣擦れの音のみを聞きながら、長い廊下を目的の房へ向かう。
突き当りに立つ当直官にバッジを見せ、正面のドアが重低音を響かせ開いてゆくのを眺める。
入室し、さらにだだ広いコンクリート空間の奥、目指す男が待っていた。
「や、調子どう?」
ニィッと笑いナカムラがカガミに問いかける。
「ええ、おかげさまで」
冗談とも皮肉ともとれそうな返事をする。
「カガミ、ちょっと瘦せたんじゃない?ちゃんと食ってる?」
「べつに変わりないですよナカムラさん」

「で?なにか訊きたいことがあって来たんでしょ?」
「ええ、三年前にナミコシがあなたと最後に交わしたという電話について」


ナカムラが現・二十面相となり、わずか一週間で15人もの老若男女を殺害してからすでに三年が経っていた。犯行当時、ナカムラの上司でパートナーでもあったカガミ警視は、16人めの「断罪」を機関ヤタガラスのかかえる少年探偵アケチの助言を受けて阻止、ナカムラを捕縛。……が、その後も二十面相の出現は続いていた。

「でもね、二十面相は終わらないよ」


「昨日、三年前失踪したナミコシを名乗る人物がネット上に現れ、暗黒星の再起動を宣告しました。投稿された動画がこれです」
カガミは持参したタブレットPCの画面をナカムラに向けた。
「投稿時の声は加工処理されていましたが、ある程度の復元を施した結果、ほぼ彼に間違いないという判定結果が出ました。ナカムラさん、あなたがナミコシと交わした電話の内容について、もう一度詳しくお聞かせ願えませんでしょうか」
「うーん、もうかなりおぼろげになっちゃったなあ。わたしが逮捕された直後にとった調書見た方がいいんじゃないの?」
「当時のあなたの供述は、相当伏せられた部分があるように思えます……ああ、私が直接あなたの取り調べをすれば良かったのですが。私が担当から外されず、さらにトキコが拉致されていなければ」
「あぁそうだったねえ。妹さんは元気?」
「ええ、お陰様で。今はイタリアへ研修に行っています」
互いに気を許すことは無いようで、それでも時折、ふたりは過日のように言葉を交わす。


「ナカムラさん……なぜ」
目の前の光景が信じられず、カガミは立ち尽くす。
「あなた以前、自分だけで悪を認定して裁くなんて傲慢だ、と言った。なのに」
「だって、悔しがってたじゃん。捕まえても捕まえても、彼らは解放されちゃう、って。こないだも、ワタヌキに殴りかかってたでしょ?だめですよー取調中にそんなことしちゃ。わたしが抑えなかったら、もう一発殴ってたよね。そこまでしたら降格処分食らうよ?」
伏せていた顔を上げ、ナカムラはいつもと変わらぬ笑い顔で続けた。
「ま、でもね、警視は真っ正直すぎるけどそこが警視の良いところだもんね。それにね、警視があいつらに愚弄され続けるの、そろそろ我慢の限界だったしさ。だからさ、カタつけちゃったんだよ。まあ、見つかっちゃったし、もう、ここまでかな」
「私のせいですか?私が、あなたを犯罪者にしてしまったんですか」
「いやまあ、丁度良い頃合いだったんだろうねー。自分だけで、悪を認定するのはいかんでしょうが、警視もさ、彼らを世に再び解き放たれてしまうのが納得できないって言うからさぁ、それでね、ああもう我慢する必要なんて無いかなー、って思ってさ」
「ナカムラさん」
「だからさ、警視のせいじゃないよ。きっと、わたしはいつかはこうしてたんだよ」
「嫌です」
「警視?」
「嫌だ。どうして俺があなたを捕らえなきゃならないんだ。ナカムラさん私も」
「やめな」
ナカムラはカガミの目を睨み低く怒鳴った。
「おまえ、カッとなって撃とうとしたり殴ろうとしたり逃げようとしたり、いつまで新米気分でいるんだよ。おれはね、随分長く堪えてたんだ。それをお前みたいな若造がカンタンに真似しようなんざ冗談じゃないよ?」
凄みをきかせた声に思わずカガミがひるんだ。ナカムラはそれを見てまたへらっと相好を崩す。
「さあ、カガミ」
「もう、嫌ですナカムラさん」
「ホラ、駄々をこねないでさ。探偵さんに任せようなんて思うなよ。おまえが、おれに引導を渡すんだ」



ナカムラはカガミ警視により逮捕、しかし取り調べは手加減することが無いよう別の人間に任された。その頃すでに二十面相が広く世間より義賊扱いされており、処遇によっては騒動を引き起こしかねないと危惧されたため、ナカムラの身柄は新宿プリズンに移され外の目に晒されることはなくなった。ただカガミだけが、ナカムラの元を訪れる。



「ご協力ありがとうございます。では、いずれまた伺います」
「ふふ、お役に立てれば光栄至極。そんじゃあまたね、カガミちゃん。」