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zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

休暇

ナカムラさん、もう俺は、死刑が確定した人間です。そんな望みの無い人間のもとへ、ナカムラさんが日々、訪れてくださるのが、俺は正直辛いです。俺が犯罪者に堕ちるのを阻止できなかったと、あなたは負い目に感じているかもしれませんが、断じてあなたが責任を感じる事など無いのです。仕方ないことだったんですよ、俺はあの時ああするしかなかったのです。誰が止めても、たとえあなたであっても、俺は躊躇わず排除して、ことを成していたでしょう。……ああ、あの時、あなたが俺の前に立ちふさがらなくてほんとうによかった、あなたに手をかけてしまったかもしれないと思うと、今もこの身がすくみます。ナカムラさん、俺は未だにあの殺人の数々を本当には悔いてなどいないのです、おのれの罪を悔いようとしない彼らを可能な限り断罪し続けた傲慢な罪を、おれ自身も悔いてなどいないのです。ただ、あなたが、辛そうな顔をするから。あなたが俺に会いに来るたび、辛そうで、それでもそう思わせないように努めて話をするあなたの辛さが、俺にはすっかり透けて見えて。ああ、あなたが早く俺を見限ってくれればいいのに、ここに来るのをすっかり忘れてしまえばいいのに、と面会するたび思う日々で。ナカムラさん、忌まわしいあの日、早く帰ると言っておきながら遅くなってしまったのも、トキコを独りきりにして、およそあの子に相応しくない、酷い、おぞましい目に合わせてしまったのも、全ては、おれの愚かさのせいです。俺の自業自得の愚かさのせいで、あなたに辛い思いをさせる事になってしまってごめんなさい。でももう、俺に構わず、あなたを求めている他の多くの人々のもとへ帰って下さい。……ああ、でも本当にそんなことを言ってしまったら、あなたはますます気に病んでここに通い続けてしまうでしょうね。優しい、優しい、ナカムラさん、さようなら。どうか、はやく、はやく、俺の刑が執行されますように。……こんな罪人でも、もしも望みが叶うなら、一幅の絵の中で、トキコと俺が一揃いで宿り、動かぬ平穏な絵の中で、いつまでも、いつまでも、じっと静かに過ごしたい。身の程知らずな願いと判っていても、願うという事すら俺にはもう赦されないと思うけど、願わくば、もしも願いが叶うなら


ナカムラはすっかり顔なじみとなった看守から、カガミの過ごした独居房の寝台脇の壁に残された、遺書めいたものの存在を告げられた。許可を得て見たその壁に、ひっかき傷のように書き残された小さな文字をしばし立ち尽くし眺めた後、看守にすっかり消してしまうように頼んで、ひとり房を後にした。
「ばかだなあ」
誰に言うともなく呟いて、カガミが収容された病院へ向かう。猫背でうつむいたその顔は、うっすら笑いを浮かべていた。

食事を全く受け付けなくなったカガミは、強制的に栄養をやせ細った腕に流しこまれ呼吸器を取り付けられて横たわっていた。両腕両脚は自傷しないように、逃げ出さないように、寝台に括り付けられている。
「あーああ、かわいそうに。……カガミ、起きてるか?おれの声、聴こえる?」ナカムラがカガミに話しかける。睫毛がかすかに蠢くのを見てナカムラは言葉を続けた。「なあカガミ、壁に書いてあったの、読んだよー。……読んじゃってもよかったよね、おれ宛てだよね?」言いながら立てかけてあるパイプ椅子を引きだして腰かける。「おまえがおれと会うのが苦痛だって、おまえと会って苦痛を感じるおれと会うのが嫌だって、書いてあった。ごめんな、おまえなんにも食べれなくなって、挙句こんなになっちゃったのも、おれがおまえのしんどさを分かってやれなかったせいなんだよな。でもさ、悪いけどおれはまだまだおまえに会い続けたいんだよね。ねえ、カガミがいなくなったら嫌だよ。絶対に嫌だよ。でもおまえはきっと、おれに会わない方が良いと思い続けるんだよな。だからさ」ナカムラはやおらカバンから、望遠レンズ付きのカメラのようなものを取り出した。
「ねえカガミ、おまえ写真の中に入っちゃえよ。このカメラさ、望遠が逆になってるんだ。おまえの体がすっかりとレンズにおさまるように撮ってやるよ、おれ、こう見えても写真撮る腕前良いんだよ、誰も来ていない今のうちに撮ってやるよ、いいかい、はい、チーズ」
病室に、シャッター音が響く。ナカムラは塩梅を確認すると、満足そうに頷いてカメラを仕舞い立ち上がって、ドアのノブに手をかけた。回す前にいちど寝台を振り返り、にっこり笑い、そして、ドアを閉め出て行った。

「あ、ナカムラさん、ナカムラさんですよね?皆探してましたよー、どこ行くんです?」探偵助手が、列車の座席に居心地良さそうにおさまっているナカムラを見つけて声をかけた。
「おやあコバヤシ君、きみこそどしたの、探偵さんのお手伝い中かな?」
「はい、久しぶりに二十面相が出たらしいんですよ、センパイは模倣犯だって思ってるみたいですけど」
「ふーん、ごくろうさまー。わたしの後任もうまくやってるみたいだね、結構結構。わたしはね、ちょっと長旅に出るんでしばらく留守するよ」
「……ナカムラさん?隣の風呂敷、何です?」
「あっは、みる?」ナカムラは風呂敷の結び目を解いて、取り出した額を窓越しにコバヤシに見せた。
「わぁ、シロツメクサの原っぱですねー気持ちよさそうだなあ」言いつつ、おや、と首をかしげる。「この、花の横にみえるもの、何です?」
「ふふー、花の妖精みたいでしょ。写真を合成して仕立てたんだよ。いったん作ってみたら愛着沸いてねえ、旅先にも連れてっちゃおーと思ってさぁ」
「へえ、ナカムラさんてロマンチストなんですね。写真が趣味だったなんて意外だなあ」
コバヤシが興味深そうに写真の額に見入っていると、場内で発車を知らせる音楽が鳴り始めた。
「じゃあね、コバヤシ君。きみらと一緒になんやかや、あれやこれやしたの、なかなか楽しかったよーまたねえ、元気でねえ」ニッと笑いナカムラが言った。
「ハイ、僕もです。ナカムラさんたちも、良い旅を!」

ゆっくりと滑り出した列車の中、ナカムラはビールのプルタブを開け、誰にともなく話しかけた。「ふふ、やっぱりコバヤシ君はおもしろい子だねえ。きみらも、そう思うだろ?」
額の中、シロツメクサの花の横で、一対の小人がひっそりとくすくす笑い、草原の中に消えていった。