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zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

ドレス

カガミが釈放された。
出所の日、外で出迎えたナカムラは、しかし彼の様子がおかしいと勘づいた。
出所時の手続きも受け答えもちゃんとこなしていたのだが、何かがおかしい。
それは、馴染みの探偵事務所の連中も察したようだった。
それでも、その日は何かおかしなことを言い出したり仕出かしたりするわけでもなく、久しぶりに外に出たので調子が出ないだけであろう、と皆は楽観していたのだ。
兆候は、次第に表れた。
カガミは、何度も繰り返し、以前住んでいた場所へ行こうとした。まだ名義は残っているので入る分には構わないのだが、近隣の住民を見ると構わず近寄り話しかけようとする。ナカムラが制止すると、不思議そうに何故という目を向ける。
部屋の中は、あの夜カガミが荒らした家具類は既に片付けられて跡形もないが、それ以外は、ほぼ手つかずのまま、残されていた。カガミはためらいもなく中に入って行ったが、妹の部屋の前で一瞬動きが止まった。ノックをして、応答がないことに戸惑い、判断を仰ぐようにナカムラの方を見る。ナカムラも迷ったが、中へ入るよう促す。
「ナカムラさん」
部屋をぐるりと見回したカガミは、ナカムラに問う。
トキコは、いったいどうしたのでしょう」
ナカムラは面食らったが、これも、長年収監されて混乱しているせいだろう、と無理に自分を納得させ、
「カガミ、今日のところはいったんおれんちへ戻ろう、な」と言うと、カガミは素直に「はい」と従った。
だが、翌日もそのまた次も、カガミはもとの自分の部屋に行こうとする。
「あの部屋にはもう行かない方が良いよ、おれんちで一緒に暮らそう」
「それはナカムラさんにご迷惑ですし、あそこは私の家ですから」
「カガミ、あの事件があった後では、同じところに住んだり通ったりするのはリスクが高すぎるよ。どうしても、というなら、もっと時間を置かないと。わかるだろ、おまえだってさ」
カガミはきょとんとした顔で頸をかしげる
その様はまるで小さな子供のようで、ナカムラはたまらなく不安になる。

ある日ナカムラが仕事に出ている間に、カガミはまた元の家に戻っていた。
自宅にカガミが居ないと知ったナカムラが、慌ててカガミ宅に行ってみると、トキコの部屋でカガミが背を向け長く白い布のようなものを胸に抱き、じっと座り込んでいる。
「……どうした、カガミ?」
ナカムラが肩に手をかけると、振り向いたカガミの頬が涙に濡れている。
「ナカムラさん、この部屋にこの服が置いてあったんです、きっとトキコが私に届けてくれたんです。どうです、素晴らしいでしょう?きっと妹は次の服が出来上がったらまた届けに来てくれると思います」
それは、レースをふんだんに使った、確かに綺麗なウェディングドレスだった。生前のトキコが制作していたもののひとつだったのだろうか。カガミははっと思いついたように立ち上がり、すぐそこにある姿見のまえでドレスを自分の体にあてて見入る。ナカムラはただ茫然と、自分用に仕立てられたドレスを検分するかのようなカガミの姿を眺めていた。

ナカムラはドレスを置いてナカムラの部屋へ戻ろうと促すが、カガミはドレスをつかんで離さない。仕方なく、ドレスを掴ませたまま連れ帰った。
翌日ナカムラが目を覚ますと、カガミはまたドレスを自分の体にあてている。
トキコが僕のために作ってくれたんです」とナカムラに向かって言いながら微笑む。
あきらかにおかしくなっていくカガミの姿に戦慄しながらも、ふわりとドレスをまとって微笑むカガミは、浮世離れした美しさがあり、ナカムラは立ちすくんで息をのむ。
来る日も来る日も、カガミはドレスをまとう。いくら何でも寸法が違い過ぎて無理だろう、と思われたドレスだったが、元々ゆったりとしたデザインのせいもあるのか、この数年ですっかり痩せてしまったカガミの体に不思議なほど馴染むようだった。やがてカガミは、一日のほとんどをそのドレスを着て過ごすようになる。最初は、何とかやめさせられないかと苦慮していたナカムラも、次第にあきらめ、この状況に慣らされていった。ドレスを着たカガミはやはり美しいと思えて、彼がその姿を好むならばこのままでも良い、とさえ思うようになってきた。

と言うのも、ナカムラを含む周囲が力を尽くす甲斐も無く、カガミの心以上に、閉じこもり食事も受け付けず強制的に栄養剤を打ってながらえているその体は、もうそれほどもたないであろう事が、明らかになっていたのだ。

「この衣装、僕に似合うと思いませんか、ナカムラさん」
「似合うよ、カガミ」
そう言うと、カガミは嬉しそうに微笑む。

ある日、カガミはきらきらと輝く瞳をナカムラに向けて言った。
「知ってますか?ぼくはナカムラさんが好きなんですよ」
得意そうな口調で、カガミは言う。ナカムラさん、とっておきの秘密を教えてあげます、とでも言うように。
「うん」
「ナカムラさんも、ぼくのこと好きでしょう?」
お見通しですよ、といった口ぶりで。
「うん」
ナカムラも、今は、素直になって答える。
「うん、おれもカガミを好きだよ」

うららかな春の陽射しの中、ドレスをまとった姿のままベッドの上に横たわるカガミ。
ナカムラは、カガミの青ざめた顔をなぞり言う。
「カガミは綺麗だね」
窓から吹く風にあおられて、レースがふわり、カガミの顔の上に舞い降りる。

カガミが、ふうっと笑った気がした。