読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

zencro’s diary

乱歩奇譚SS

針路5

コバヤシ

逃げ込んだKOBANの警察官はぼくを守ってくれた。連中はここまで僕を追ってきたのだけど、そして自分達こそがぼくの保護者であると主張したらしいのだけど、警官は気を喪ったぼくをそのまま連中に引き渡そうとはしなかった。助かった。警察も、まだ捨てたもんじゃないよね。

つぎに目を開けたとき最初に見たのは、ぼくを覗き込む大きな柘榴石色の瞳だった。
彼女はまっかなくちびるをニィとひきあげ弧を描くと、首を横にかしげる。途端に雪崩落ちるゆたかな黒い髪。ぼくは見惚れてちょっとした既視感を味わった。
ぼくがまだぼうっとしているのを見て、彼女は笑顔のまま取り出したタブレットをぼくへ手渡す。
「何やってんだよおまえは!」
「あ、ハシバ君」
「あ、じゃないよ心配したんだぞもう何日行方をくらましてたんだよどんなにオレが探し回ったと思ってんだよ」
「うん、ごめんね」
「現地の連絡員からお前の姿を確認できないって報告が入ったときオレがどれほど動転したか、」
「うん」
「ハッ、そうだどこかケガはないのか?なにかひどい事されてないか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「そ、そうか」
「実はまだちょっとぼんやりしてるけど」
「なんだって?お、おい大丈夫じゃないじゃないか」
「少しは落ち着けハシバ」
「でっでもアケチさん」
「よぉ、随分久しぶりじゃないか少年」
「こんにちは、アケチ先輩」
「どうだ、旅立っていきなりのハプニングの味は」
「ふふ、そうですね。退屈じゃないです」
「コバヤシ、馬鹿言ってないで戻って来いよ!オレがそこへ迎えに行くから、また危ない目に合う前に一緒に帰ろう!」
「ありがとうハシバ君、でもぼくまだ本来の目的地にすら着いてないから、ここから飛行機に乗り継いで行きたいんだ」
画面のハシバ君は口をぱくぱくさせて何も言わなくなってしまった。
「おい少年、ほんとに戻る気はないんだな」
「ええ、でも旅を続けられたらの話ですけど」
「いやいやいやちょっと何言ってんの探偵さん、ダメに決まってるっしょ?」
「あ、ナカムラさんもお久しぶりです」
「やぁコバヤシ君、髪のびたねー。ね、ハシバ君このままだと呼吸困難で死んじゃいそうだし戻ってきてあげたら?そしてまた仕切りなおして再出発したらいいじゃない」
「そうですねえ。でも、せっかく途中まで来たんだからもったいないですよ。ぼくもう時間を無駄にしたくないですし」
ハシバ君の横で、ナカムラさんも苦笑したまま黙ってしまった。
「少年、横の女に代われ」
アケチ先輩が言うと、いつの間にか僕のベッドのわきに腰かけていた黒髪のひとが、ぼくからタブレットをひょいと奪う。そしてしばらく、聞き取れない小声の早口で会話したかと思うと、またすぐぼくにタブレットを返した。
「少年のビザは期日更新された。それからな、機関に都度報告をすれば今後の旅費の心配はないそうだ。......のるか?」
願ったりかなったりの申し出にぼくは勢い込んでYES!と答える。
すると、黒髪のひとがぼくの背をバンと叩いて右手を差し出した。
「しばらくの間、機関との契約により私があなたの教育係として同行する。よろしく、コバヤシ少年」
「でもぼく、ひとりになるために日本を出たんですよ。機関へはちゃんと言われた番号へ定期連絡しますから、ひとりで行っちゃだめですか?」
「私の教育係という役割上、それは無理だ。でも、訓練以外の時なら極力ひとりにしてあげよう。大丈夫、問題ない」
「えー」

そんなわけで、不本意な形だけれど何とかぼくは旅を続行することになった。そして、
「ぼくもこのまま髪をのばしてみようかなあ」
目の前の人を見ながら、なんとなくそう思った。