読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

zencro’s diary

乱歩奇譚SS

針路3

コバヤシ

ねぇ、何がいけなかったんだろうねハシバ君。

座席に座って、サービスされたオレンジジュースを飲んだところまでは憶えてるんだ。
そしたら、次に気付いたのはこんなコンクリートむき出しの冷たい床の上でさ。
飲んだ時、ちょっと苦いなあと感じたんだ。でもそのすぐ後たぶんぼくはもう気を失ってたんだと思う。
これはしまった、と思う。誘拐犯を追っておとりになったときとはわけが違うからね。
寒くはない。屋根も壁もある。きっと、空調もきいてるんだ。
ただ、固い床に転がされていたから少し体が痛い。
それに腕が自由にならない。ちょっと無理して後ろを覗いてみたら、何かのパイプに縛り付けられていたんだ。
持ち物も取り上げられたんだろうな。服はそのまま、ポッケのハンカチとかも残ってる。

ここは、どこなのかな。
目的地のベナレスは日本からの直行便は出ていない。まずバンコク、そこからデリー行きに乗って、今度はベナレス。2回乗り継いでやっと着く。
航空券、高かったのになあ。進学する気ないからって言って、高校進学した場合にかかるはずだった学費を、渡航費に充ててもらったんだ。
なのに、インドにすら着いてない。たぶんバンコク......。

あれ、また気を喪ってたみたいだ。
周りを見回したら、女の子がたくさんいた。目が覚めてる子、まだ眠っている子。
ああ、人身売買の組織だったのかな。
今度はうっかり眠らないようにしなくっちゃ。でも、薬のせいだとしたらいくら頑張っても無理だよね、困ったなあ。
あ、おなかすいたなあ。
ハシバ君やアケチ先輩、今ごろどんなご飯を食べてるかなあ。
高い天井近くにある小さな窓から漏れる光で、たぶんまだ昼間だという事は分かる。ご飯、くれるよね?見たところ、ぼくらは大事な商品だ。ケガさせたり飢え死にさせたりは、たぶんしないだろう。
あ!いいにおい!ご飯かな?

目のとこだけ開けて、顔をすっぽり布で覆ったひとがシチューのようなものを木のボウルに取り分けていく。
ああ、早く食べたい、食べたい。でも、腕の拘束を解いてくれるのかなあ。
あ、食べさせてくれるんだ......手慣れてるなあ。
ふう、なんておいしいシチューなんだろう。こぼさずに食べたい。でもやっぱり急かされるなあ。

ここに来てから何日経つんだろう。
上の窓から漏れる光でわかると思ったけど、なんだか頭がぼんやりして一日の始まりと終わりがよく分からない。
今日もご飯が楽しみだ。
もしかしたら、ご飯の時間を少しずつずらして時間の感覚を奪われているのかもしれない。
ああ、おなかが空いたなあ。
ここに来たたばかりの時は、まわりの女の子たち泣いてたり拘束をどうにか解こうとしたりしてたけど、今はもうすすり泣く声も聞こえない。ぼくと同じ様にぼんやりした感じ。
ハシバくんごめんね。心配してるよね。でもご飯がおいしいから、ぼくは大丈夫だよ。

あ、ご飯が来た。