zencro’s diary

乱歩奇譚SS

眼鏡

サザンテラスでの一件がひと段落ついて、カガミが漸くおれの話にぽつぽつと返事をするようになってきた頃、収監されて以来初めて、カガミの方から突然切り出した。
「ナカムラさん、あの」
「ん、何?」おれはちょっとびっくりして、でも努めて顔に出ないようにしながら返す。
「その...こんな事をお願いできた義理ではないのですが」
「今さらなに遠慮してんの、言ってごらんよ」
「俺の部屋から、俺の眼鏡を持ってきてはいただけないでしょうか?」
「へ?メガネ?」
「はい」
「カガミって眼鏡かけてたっけ?」
言いながらいやそんなはずはないよな、かけてるとこ見たことないしなーと思う。
「いえ。でも俺コンタクトレンズ入れてたんです」
「へええ、そうだったんだ!いやぁ気付かなかったなー近眼?」
「はい、両眼コンマ1も無いです」
「うっわーずいぶん悪いんだ!ふふ、勉強のし過ぎじゃないの?」
「いや、そんな。小学生までは良かったんですが、中学に上がってから急にみるみる悪くなって」
「じゃ、中学生時代はメガネっ子だったのかな?」
「あ、そうですね。ずっと眼鏡だったのですが、大学受験の頃にはもう悪すぎて、眼鏡では視力がうまく調整できないと言われ、コンタクトレンズを勧められたんです」
「えっ、じゃあ眼鏡持ってきても度が合わなくなってるんじゃ」
「ええ、でもそこそこ見えるので、寝る前とかは使っていました」
「なるほどねえ…あっ、いまどうしてんの?レンズ入れてんの?」
「いえ、俺のは2週間交換タイプだったので…」
「あっりゃー、じゃあすごい不便じゃない!眼鏡よりコンタクトレンズ持ってこなきゃ。あ、もう切らしてるのか。どこのメーカー?買ってきてやるよ」
「俺は眼鏡でいいです」
「どうして?コンタクトの方がよく見えるでしょーおまえ読書好きだって言ってたもんな、読みたい本も言えば持ってきてやるからさ」
「ナカムラさん、俺は今、俺が生活するためだけに、使い捨てや消耗品が必要な道具を持ち続ける事に酷く抵抗があるんです。できるだけ簡素な、物を消費しない方法をとりたいんです。とはいえ、目が見えなくては何もできない。ですので、眼鏡を持ってきていただきたいと思って」
「なるほどねぇ...え、ちょっと待って、収監されてから結構な日にちが経ってるよね?よく見えないままガマンしてたの?ずーっと?」
「はい。でも仕方ないです」
「は」
「今も、こんなことお願いすべきでは無かったかもしれないと後悔し始めています。俺のためにほかのだれかを煩わせるなんて、それも、ナカムラさんに頼むなんて。あれほどひどい裏切りと迷惑を重ねておきながら、この上頼みごとをするなんて、俺は」
「ハーイハイハイ、ストップストーップ!」
「え」
「……カガミ、いいか、ふさわしくないとか煩わせるとか迷惑とか、今後禁止な」
「え、でも」
「とりあえずいいよ、おれのわがままってことで良いからさ、そっちの方へぐいぐい考えるの止めようよ。すぐには難しいかもしれないけど、おれが面会に来ている間だけでもさ……ね?」
「わかりました。……すみません」
「明日にでも、カガミの眼鏡持ってくるねー。いやあ楽しみだねぇカガミのメガネ姿」
「いや、楽しみにされても」
「だってさ、おれ、おまえの事よく知ってるつもりでいたけど、実は知らない事すごーく多かったんだよなあ。これからどんどん教えてよ。いっぱい、カガミのこと話してよ」
「はい、でもあまりナカムラさんの時間を俺のために食い潰させては」
「約束だよ」
「……はい」



 

「や、また来たよー」
入って来たナカムラが腕を組んだまま頭を傾ける。
「すみません、いつも気にかけていただいて」
「 いっやーおれの方こそ度々呼び出してごめんな。カガミが地下にいると思うとついつい足が向いちゃうんだよねえ」
すっかり面会室にも馴染んだ態で、ナカムラは丸椅子に腰掛ける。
「ああ、そうそうこれこれ」
腕組みをほどき、持っていたケースを差し出した。
「あ、ありがとうございます。すみません探していただいて。すぐ見つかりましたか?」
「うん、カガミの部屋のベッド脇においてあったよ。でもそれでホントに大丈夫?」
「ええ、日常生活に支障がない程度には見えます。正直とても助かりました」
「でもなー合わない眼鏡かけてると度が進むっていうしなー」
「心配していただいて、ありがとうございます。でも以前から寝る前などはこれ使っていたので、あまり問題ないかと」
「そうかあ。でもあんばい悪かったら言いなよ?」
「はい」

***

「こんちはーカガミ」
「こんにちは、ナカムラさん」
いつものように、いつもの場所で二人は話し始める。
「あのさー、これ良かったら使ってもらえるかなあ」
ナカムラはアクリル板と鉄格子の向こうから、細長い箱を振ってみせる。
「?何です」
「えっとねー、眼鏡なんだー」
「俺に、ですか?」
「うん…勝手に悪かったけどさ、おまえの部屋で洗面所の棚にレンズケースと一緒に眼医者の処方箋があったもんで、そこ行ってね。最近じゃ眼鏡も進化して度も随分出せるみたいだし、一番新しいデータを聞いて作ってもらっちゃったんだー」
「ナカムラさん、俺に気遣いは要らないと」
「同じデータでコンタクトレンズにしようかな、とも思ったけどさ、割と色々入り用みたいだし、目に直接入れるものだから、衛生面で差し入れ通るかちょっと怪しいしね」
「ナカムラさん、もう俺を放っておいてください。あなたの貴重な時間はもっと別のことに振り向けるべきだと思います」
「まぁまぁ、そんなつれない事ばかり言いなさんな。差し入れ手続きしとくから受け取って、使い勝手見ておいてよね」

***

「おっはよー。さすがに冷えるねえ、体調崩してない?」
「おはようございます。ええ、むしろ以前より
健康な気がします」
ナカムラはニッと笑い顔を作ると、嬉しそうにカガミを見た。
「どう、新しい眼鏡の掛け心地は?」
「はい、おかげさまで大変よく見えて助かっています。作業所では細かな仕事も割とよくあるので」
「そっかあー、良かったあ」
ナカムラはどことなくウキウキとした感じで、内ポケットから取り出したものをかけた。
「じゃーん」
「え、ナカムラさん、それは……」
「ふふー、おれもメガネ作っちゃったー」
「ナカムラさんも目が?」
「あー、これね……老眼鏡なんだよね〜」
カガミは一瞬絶句する。
「おれもさあ、四十過ぎて遂に来ちゃったみたいなんだよ。しばらく意地張って我慢してたけど仕事に支障出ちゃあ仕方ないよねえ。でもさ、カガミの顔がぼやけて見えるのも嫌だし、カガミの眼鏡作るついでに自分のも作ってもらっちゃった」
「ええと……でも、その眼鏡ナカムラさんに似合いますね」
「またまた〜、ムリに褒めなくていいのよ〜?」
眼鏡を下にずらし上目遣いにナカムラはカガミを見て笑った。
「いえ。俺も、ナカムラさんの顔をはっきり見ることができて、それがいちばん嬉しいです」
「そっかぁ。……ふふ、おそろいだね」
「そうですね」
カガミも少し微笑んで言った。

「ありがとうございます。ナカムラさん」
「うん」

「メリークリスマス、カガミ。」