zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

あとかた


「おい、あいつどこ行ったんだ?」

見回して言う男の目には、がらんどうの部屋しか見えなかった。いや何もなかったわけではない、それなりに家具類はあって窓には地味だがカーテンもかかっている。食器も調理器具も数少ないがしかるべき家具におさまっている。ただ、生活臭が無いのだ。

「あいつってさ、結構多趣味だったよなあ?サーフィンとか」

「そうそう、ビリヤードとか、ウクレレもそういえば好きだって言ってたねえ」

洋服ダンスの引き出しをあらためながらもうひとりが応答する。

「……下着や靴下、Tシャツにワイシャツっと、ウクレレ好きならアロハとか持ってるのかなあって思ったけど、 派手目なものはおろか、柄物は何にも無いねえ」

「なぁ、ここ本当にあいつの部屋なのか?」

「そのはずでしょー。でもこの部屋入ったことあるやつなんていなかったろうしホントにここに寝起きしてたかって証拠も無いけど、まあここ以外手がかりないしね。あいつ身内も無いもんね」

「そうかぁ、この部屋に入った奴がいるとすればカガミくらいだったろうし」

「もういない奴の話 してもしょうがないだろう。何も痕跡を残さず周到に出てったんだなあ」

「そもそもさあ」

かつて彼らの同僚だった男は言った。

 
「ナカムラって、サーフィンなんてホントにしてたの?」

 

「だってあいつがボード持ってる姿や写真なんて見たことないしさ、他の奴が見たって話も聞かないし。俺もそうだしお前も聞いたことないよな。大体あいつ外でカガミ以外とつるんだりしてないだろ」

「まあ、そういやなぁーいつも人当たり良さそうにしてるし飲み会とかにも顔出すし、付き合い良さげにしてたけど、それ以外でつるんでたやついなかったようなー」

「へらへらしてるようで仕事はきっちりこなす、後輩の面倒見もいいしで、部長も文句つけようなかったよなあ、極端な猫背とヨレッとした格好以外は。でもちょっと油断ならないとこはあったな、たまにゾッとする目つきしてたし」

「それがさ、おれナカムラが昔いた部署の奴に聞いたことあんだよ。あいつ、内部規定違反についてもめて、派手な暴力沙汰起こして降格か免職かって羽目に陥りそうなことがあったって」

「なんだそりゃ」

「なんでも、捜査活動に行き過ぎがあったらしいよ。でも結局お咎めなし。どうも上司の弱みを握ってたらしいぞって言ってた」

「へえええ、あのナカムラがねえ。でもそんな問題児がよくこの署の捜査一課に配属されたもんだな」

「むしろ問題なのは上司で、暴いたあいつはそれだけ優秀だったって事だろ。どのみちあの外見からはあんまり想像できないけどさぁ」

「はー。俺たちもあいつと付き合い長いけど、たいして分かっちゃいないもんなんだなあ」

「そりゃそうさ、俺だっておまえの事はよく分からんし」

「ええ、そりゃないよ~、でも言われてみりゃ俺もおまえの事、いつも昼飯に裏の好々軒でラーメン食ってるってことくらいしか知らないよな」

「でさ、ナカムラってほんとに二十面相とは関係ないのかな」

「ああ、当時上の連中は共犯じゃないのかって疑ってたみたいだしな。俺はまさかと思ってたけど、今となってはその可能性も踏まえといた方がいいのかもしれんな……」

 

カガミ元警視の刑が執行された翌日、ナカムラ警部が姿を消した。警察は行方を追っているが一向に成果はあがっていない。

 



「ここ見たか?」

部屋の中をあらかた検分した後、台所にぽつんと置かれた冷蔵庫を指さした。
「ああーそういえばまだだったな」
ひとり暮らしの男の部屋にしては少し不似合な大きさの白物家電が、狭い台所に幅をきかせていた。今まで気付かなかったが通電しているらしき作動音がホワイトノイズのように空間を満たしている。
「……よし」
何故か若干緊張して、その白いとびらをガコンと開く。

ごとり

「……おい」
「あ、ああ。こいつは……」

床の上に転がり出たのは、ナカムラ本人だった。
庫内から流れ出る冷気とはまた別種の、室内の空気を一変させる「幽気」ともいうような流れが場を満たす。
二人は出てきたモノを凝視しながら恐る恐る上から屈みこむ。
ナカムラは膝を折り曲げ俯いて、胎児のような姿で倒れていた。
「なんだ?何で冷蔵庫の中なんかに」
「暑いから入ってみたんじゃねえの。そんで扉が閉まって中から自力で開けられなくなってさ」
「まっさか、小さな子供じゃあるまいしよ」
「お?何か、抱えてるぞ」
「お、おい気を付けろ」
「ばぁか、死んでるに決まってるじゃねえか」
ごろりと転がすと、中年の胎児は茶色の瓶を抱えていた。見たところビールの中瓶のようだ。
「栓がしてある。未開封か」
「いやまて、中身は液体じゃない……」
言い終わるか終わらないうちに、瓶の栓がポロリと落ちた。とたんに、強い刺激臭が鼻を衝く。
「まずい、退避ィー!」
口と鼻を覆ってバタバタと部屋からかけ出た二人が一気に走り抜けたアパートの廊下を振り返った時、開け放された扉からボンッという音と共に黒煙と火の手が上がるのが見えた。

もうもうとした煙と天井まで舐める炎の裏で、ふらりと立ち上がるものがあった。
「ふへえ、ようやく開けてくれたかあ。ちょっとやばかったなあ」
そして、瓶の中から気体をすべて出し切ると懐から溶剤の入った袋を取り出し移し替え、傍の手ぬぐいを瓶の口に詰める。燃え続ける炎に瓶を投げ込み、ベランダの窓から直下の植え込みへ音も無く飛び降りた。
見上げた窓から爆発音といっそうの火炎が噴き出したのを見やり、
無言で服に着いた枝葉を払い落とす。

ニャア

植え込みのそばでひと声、猫が鳴いた。
「腹減ったか?ごめんな」
猫を抱きかかえ、ナカムラはふらりその場を立ち去って行った。




後日譚


「あの爆発には肝が冷えたな」

ナカムラが自室の冷蔵庫から発見され、直後に部屋が炎上した事件の数日後、二人は再び検分に焼け焦げた部屋に入った。

「あーあ、見る影もないねえ」

「やはりナカムラの死体は発見されなかったそうだな」

先日、ナカムラの体が転がり出た辺りを見下ろしながら彼は言った。

「まさか、あの状態から何処かへ移動したとは考えにくいが……奴の痕跡が何もない、というのも腑に落ちんな」

「いや、炎で焼けてあとは爆風で四散したんじゃないのか?こんな現場のあり様じゃ見つけるのは無理だろう」

「いや、」

と言いさして、かつての同僚は口をつぐむ。

こんな茶番を打って何処へ逃げようというんだ。何を企んでいるんだ?

あいつがカガミに望みをかけていたのは誰の目にも明らかだった。その入れ込みようは傍目に異様なほどで、だが周囲の人間は、それだけ後輩であり上司であるエリート警視に期待していたのだろう、位に考えていた。

しかし、彼にはナカムラの目が気になっていた。
猫背で頭を低くしながら上目遣いで相手の顔を見上げるその仕草は、別にカガミに対してのみ向けられていたわけではない。
だが、あの目の光は尋常ではなかった。無造作に垂れ下がった前髪の奥で、不釣り合いに大きな目が、カガミを見る時だけは。すがるような、試すような、崇めるような、蔑むような、誘うような、蹂躙するような。

「……やはり、あのまま遺体は焼失したんだろうか」
「?そりゃそうだろう、どうした、随分こだわってるようじゃないか」
「いや、別にどうという事ではないんだが」

あそこまで入れ込んでいる相手が犯罪者となり死刑執行されたら、自分だけ生き延びることにそこまで執着するだろうか?
もういい、と思うのではないか?

ならばやはり、これ以上あいつを探し続けるのは無駄だろう。
万が一逃げたとしても、あとは死に場所を探すくらいだろう。

「帰るか」
「ああ、戻って報告書まとめて終わりだな」

視界の隅に高熱でひしゃげた眼鏡のフレームのようなものがかすめる。
あんなものは、あの日この部屋からは出てこなかったはずだが。
だが、

「もう、いいさ」

つぶやきに頭をかしげる相棒と共に、彼らはまだ若干熱のこもった部屋を去っていった。

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