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zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

あとかた 続

「ここ見たか?」

部屋の中をあらかた検分した後、台所にぽつんと置かれた冷蔵庫を指さした。
「ああーそういえばまだだったな」
ひとり暮らしの男の部屋にしては少し不似合な大きさの白物家電が、狭い台所に幅をきかせていた。今まで気付かなかったが通電しているらしき作動音がホワイトノイズのように空間を満たしている。
「……よし」
何故か若干緊張して、その白いとびらをガコンと開く。

ごとり

「……おい」
「あ、ああ。こいつは……」

床の上に転がり出たのは、ナカムラ本人だった。
庫内から流れ出る冷気とはまた別種の、室内の空気を一変させる「幽気」ともいうような流れが場を満たす。
二人は出てきたモノを凝視しながら恐る恐る上から屈みこむ。
ナカムラは膝を折り曲げ俯いて、胎児のような姿で倒れていた。
「なんだ?何で冷蔵庫の中なんかに」
「暑いから入ってみたんじゃねえの。そんで扉が閉まって中から自力で開けられなくなってさ」
「まっさか、小さな子供じゃあるまいしよ」
「お?何か、抱えてるぞ」
「お、おい気を付けろ」
「ばぁか、死んでるに決まってるじゃねえか」
ごろりと転がすと、中年の胎児は茶色の瓶を抱えていた。見たところビールの中瓶のようだ。
「栓がしてある。未開封か」
「いやまて、中身は液体じゃない……」
言い終わるか終わらないうちに、瓶の栓がポロリと落ちた。とたんに、強い刺激臭が鼻を衝く。
「まずい、退避ィー!」
口と鼻を覆ってバタバタと部屋からかけ出た二人が一気に走り抜けたアパートの廊下を振り返った時、開け放された扉からボンッという音と共に黒煙と火の手が上がるのが見えた。

もうもうとした煙と天井まで舐める炎の裏で、ふらりと立ち上がるものがあった。
「ふへえ、ようやく開けてくれたかあ。ちょっとやばかったなあ」
そして、瓶の中から気体をすべて出し切ると懐から溶剤の入った袋を取り出し移し替え、傍の手ぬぐいを瓶の口に詰める。燃え続ける炎に瓶を投げ込み、ベランダの窓から直下の植え込みへ音も無く飛び降りた。
見上げた窓から爆発音といっそうの火炎が噴き出したのを見やり、
「じゃあ、ね」
無表情に呟いて服に着いた枝葉を払い落とす。

ニャア

植え込みのそばでひと声、猫が鳴いた。
「ごめんな、腹減っただろ」猫を抱きかかえ、ナカムラはふらりその場を立ち去って行った。