zencro’s diary

乱歩奇譚SS

喪失


「警視そこ危ないですよ、…って、ああ〜」

ナカムラが指摘した直後、かしいだ棚の書類は雪崩のようにカガミの頭上から降り注ぐ。
「大丈夫ですかぁ警視?」
「は、はい。少し驚きました」
床に尻もちをつき、ふるふる頭を振りながら返事をするカガミ。そこへひらり舞い落ちた一葉の紙。キャッチしてみると、それはかの人間椅子、あの教師自身が「作品」にされた写真だった。
ナカムラがひょいと覗き込む。
「おや、こないだの資料がこんなとこに?」
手にした写真を、カガミはじっと眺めて動かない。
「ああ、警視この写真苦手でしたね、わたしがしまっときましょう」
「得意な人などいませんよ…すみません、ここは私が片づけますから先に戻っていてください」
「あぁ失礼しました、カガミ警視」

***

切断された人体は、あの時が初めてではなかった。だが人間椅子の製作工程については、検屍官のミナミがとりわけ懇切丁寧に教示してくれたし、その後も私は彼女の熱心な生徒であり続けた。そして後日、私自身が実行する際にその成果が表れることとなる。

今にして思えば、かの人間椅子事件の時から、私の今ある姿は予定されていたのかもしれない。

***

「……やっぱり、手伝いましょう」

ハッと気が付くと、ナカムラの顔が目の前にあった。
「え……手伝うって、何を」
「何をって、散らばった書類を元に戻すんですけど。……おい、やっぱお前しばらく休め。持ってる仕事は、おれが何とかすっから」
ナカムラはぞんざいな口調に戻ってカガミの前髪をかき上げ掴み、目を覗き込んで言った。
「とにかく今日は、このまま帰れ。でないと手錠かけてパトカー押し込んででも送ってくぞ」


ナカムラさん、あなたは、毎日私が何をしているのかご存知ですか。


「……わかりました」
ゆらゆらと、私は忌まわしい自宅への帰り支度を始めた。
さっき、私は何を期待したのだろう。ナカムラさんが何を手伝ってくれると思ったというのだ。

すみませんナカムラさん。
私はもう、法で正義を守れるなどと信じてはいません。私は、あなたの背中を追い続けていた自分を、もう見失ってしまったのです。