zencro’s diary

乱歩奇譚SS

日常


[1]

「ねえ、カガミく-ん」
デスクで入力作業をしているカガミの背後から、突然ナカムラが抱きついた。
「!?」
一瞬、何が起こったか理解できず硬直するカガミ。
「なっ、なななんですか?!」
首に回した腕をゆさゆさ揺さぶりながら、無精髭の生えた頰をすり寄せてくるナカムラ。
「もー、仕事なんてやめて、イイトコ行こうよぉ」
ふわり、ナカムラ愛飲のコーヒーとタバコの匂いが漂ってくる。
(い、いいとこ?!)
「なっなななに言ってんですか勤務中ですよ!」
「だってお昼だよ?」
「え?あ、ああ...昼休み」
「だっからさあ、おひる食べにいこ?」
(あ、いいとこって昼食…)
「ナカムラぁ、いいかげんそのいきなりガバッてクセやめろよ、カガミが動転してるだろ」
「良いじゃんスキンシップだよぉすきんしっぷー、カガミくんとはおじさん仲良くお仕事しなきゃなんないからさ、ねえカガミくん」
「は、はぁ、よろしくお願いしま…す?」

[2]

「おっと良い匂いがするねえ。カガミ君、ちょっと寄ってこうか?」
「ナカムラさん、まだ勤務中ですよ」
「今日はもう良いじゃない、ホラわたしが署に連絡入れとくからさぁ」
「そう言ってこないだも報告書を後回しにしましたよね?」
「んもーカガミ君、かったいなあ」
「ナカムラさんこそ、どうして私と二人だと職務をおろそかにするんですか」
「だってせっかくかわいい後輩と一緒なんだから、この機を逃したくないでしょ?署に戻ったらもうあまり時間なくなっちゃうじゃない、その後で街にくり出して呑んだら、明日の業務に響くんじゃない?」
「ですから、今日は呑みは無しで」
「……ふーん、カガミ君、わたしと呑みに行くのがヤなんだー」
「いや、あのそうではなく」
「でしょ?さあ行こ行こー良い店教えてやっからさあー」

というわけで、とある呑み屋のカウンター。
「もう、また私がナカムラさんに悪影響を及ぼしてると周りに言われますよ…...」
「えっなに、あいつら君にそんなこと言ってんの?」
「そりゃはっきり私のせいだとは言いませんけど、こないだも『普段は誰より仕事熱心なのに、何でお前と外に出ると急にいいかげんになるのか』って仰ってましたし」
「『好い加減』ならいいじゃないの」
猪口をクイッと乾してニッと笑う。
「そんな事より、カガミ君とはオジサンもっと仲良くなりたいなあー」
「冗談は止してくださいよ」
「もうさぁ、さっきからカガミ君つれない事ばっか言ってぇーわたしの事キライなのかなあ?」
さして酔ってもいない癖に、ナカムラは何かとからむ素振りをする。
「いえ、そんな事は、……」
困ったように、そして少し怒ったようにそっぽを向くカガミを見て、ナカムラは背後からカガミの右脇腹に手を回し、肩に自分の頭を凭れかけた。
「ね、カガミ君」添えた手の力が若干強まる。「あのさー」
ナカムラの手が、じわり太腿の方へ降りていく。
びくりと身を震わせたカガミが声の方を見下ろすと、前髪の間からのぞく上目づかい。
「いいことしよっか?」

「え」
カガミはのどが引き攣れたような声を出した。瞬間、店内のざわめきが聞こえず視界が白くなる。
早口だった。
聞き取れてはいた。だが理解することを脳が拒否した。
「じょうだん、は」
ナカムラはカガミの反応を愉快そうに下から覗きこむ。「ふふ」
「冗談に、しとこっか」
声に笑いを含ませて、緩い拘束を解いたその手で、ポンポンとカガミの肩を叩いた。
「は、……っ、」
術師から催眠を解かれたように、ドッと音と視覚が戻る。
恐る恐るゆっくりとナカムラの方を向くと、のんびりしたヘラヘラ顔でお銚子を差し出している。
「さ、吞も吞も」
両の目を糸にして、ナカムラは言った。

「お愉しみは、これからだよ。ねえカガミ君」

[3]

「ねえカガミ君、休んでるとこ悪いんだけどさ、わたしの部屋ちょーっと来てくんない?
出張先で別室のナカムラから電話が入った。
「カガミです」
「おー待ってました!さあー呑も呑も、カガミくん!」
ぽんぽんと自分が座を占めるベッドの隣を叩くナカムラ。
「いや、私は出張先で酒はあまり」
「まーたカタいことばっか言っちゃったりなんかしちゃったりしてカガミくんてば」
と言うなり腕をつかんで引き下ろす。
「つまみもあるよお。ほーら、ビール持ってぇ、せーの、カンパーイ!」
「ええっと、ナカムラさん」
「んん~?なになにぃ?」
「…もう酔ってます?」
「やっだなあ何言ってんの、ほら熱くなってないでしょ?」
と、カガミの手を頬べたにくっつける。
(ひゃっ…!)
「ねっ?顔だってぜんぜん赤くなってないでしょうが」
「は、はあ…」
「ふふ、そんなにケーカイしなくても、取って食おうなんてしないよ?」
途端に、先日の飲み屋での光景が脳裡に浮かんだ。
あの時と同じように、前髪の間から上目づかいでカガミの表情を覗き込んでいる。
ナカムラは、顔を近づけ耳元で囁く。
「でもさ、多少は期待してたのかな?」
「!!いえ、そんな…ッ」
「くふ」上目づかいのまま笑う。「…なあんだぁ、残念」
「じゃっ、わたしの失恋記念ということで、今宵はぱあっといきましょうか!」
ガコっとホテル備え付けの冷蔵庫からまた二缶取り出した。
「ほらぁ、開けて開けて~、もいっちょ、かんぱあい!」
ナカムラにならって缶ビールを掲げながら、体の熱を気取られぬよう精いっぱいだった。

『期待してたのかな』
囁きがいつまでも耳に残り、酔わなければ眠れそうにないカガミであった。