「俺に気遣いはしなくていいですよ」
地下へ行く度お前が言う。
おれが会いたくて来てるんだ、
何度言っても信じない。
自分には価値が無いと結論付けて、
茫洋とした眼にはおれが映っているのかどうかも分からない。
そしておれは地上に戻り
囚人のように仕事して
棺桶のような部屋に帰り
ただいまもおかえりも交わすもの無く
黙々と、
家の中では一言も発さず日々が過ぎる。
アクリルの壁ぶち破り胸倉つかんで引きずりだしてやりたい
お前が驚き目を見開き、
一瞬でもその目に生気が宿るのを見たい
そんな事おくびにも出さず
おれはいつものへらへら顔を面に貼り付けて
毒にも薬にもならない話をして
そしてまた、背をまるめて面会室を出て行くんだ。
良い子だろ?
だから、お願いだから、ここに来るのを咎めないで。
2
『これが、正義ですか』
そう言って悔しそうに下を向く。
怒りと悔しさに長い睫毛が震えるのを見て、(ああ、真っ直ぐだなあ)と嘆息する。
『ま、そう思うよねぇ』
『二十面相って、知ってるだろ』
『そいつも同じ思いに駆られたのかもなぁ。まぁわたしは好きじゃないがね』
比べて、おれは全く素直じゃない。
好きじゃない、なあんて台詞、あれはあの時のカガミのように、
納得がいかないかつての自分、抑えが効かなくなりそうな自分に、
必死に言い聞かせ、宥めようとして言い続けてきた言葉だ。
好き・嫌いで誤魔化して、目を逸らし続けてきただけなんだ。
なぜおれは納得できないのか、なぜ納得できない理由を突き止めようとしなかったのか
そりゃあ、怖かったからだよ。
突き止めたら、もうこの場所にいられなくなるような気がして、
今まで守ってきたものが台無しになって腐ってしまう気がして、
いや、既にそうなってしまっている事に気付くのが怖くて
覆い隠せ、包み隠せ、見ちゃいけない、目を伏せていろ
おれは二十面相とは違う、おれは今居るここでできる事をやればいい、
おれは間違っていない、
何故なら二十面相のやり方が身勝手な個人の正義を押し付ける傲慢さだと見抜いているからだ、
そんな二十面相のやり方を否定しているのだから、
「おれは正しい」
目を伏せていろ、
よりによって、誰よりそんな芸当が苦手な奴に強制して
自分でも納得できていない事を押し付けて
おれは世渡り上手な先達だ、と見せかけて
挙句、あいつはずたずたになってしまった。
ずたずたにされるあいつを、おれはただ横で見ていただけだ。
あいつをその場所まで引きずってきたのはおれ自身なのに。
面会室で、あいつは真っ直ぐにおれを見据える。
おれは、あいつの視線をまともに受け止める事ができないでいる。
あいつに見抜かれるのか怖いのか、いや見抜かれていると知ってしまうのが怖いのか、
それでも地下に行かずにはいられない。
行かなければよけいに見透かされてしまう気がして。
いまさら取り繕っても仕方ないのに、おれはカガミに見限られるのがこんなにも恐ろしいのだ。