zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

完成


「……ここは」

「お、お目覚めかな?」
見回すとぐるりはコンクリートの壁だった。見上げると高い天井にはむき出しの配管。
どこかの古い倉庫跡か何かのようだ。
声の主は、壁の天井近くにはめ殺しになった窓から漏れる陽光を背に、不自然なほど距離を置いて立っていた。
壁際からゆっくりと、その男はこちらの方へ近づいてくる。
距離が狭まるに従い、影になってよく見えなかった顔が、だんだんはっきりしてきた。

「さてと」
ぽつんと置かれた椅子を引き寄せ跨り、背もたれを抱えてこちらを覗きこむ。
「はじめまして、でいいのかな?でもまあ、わたしの顔はとうに知ってるんでしょ?こっちも当然、知ってるけどさ」

とりあえず、痛むところは無い。
身じろぎしたが、四肢は拘束されていた。床に転がされ後手に縛られ、親指同士も針金のような細い頑丈な輪で拘束されているようだ。
「……はじめまして。直接お会いできて嬉しいです」
僕は彼の顔を見るのにできるだけ楽な姿勢をとれるよう体をずらして言った。

「ナカムラさん」

「あれからねえ、大変だったんだよぉ。テレビ局も警察内も街も二十面相シンパであふれててさぁ。あ、そうそう、アケチ君やコバヤシ君はすぐ警察で保護したから無事だよ。ハシバタワーに残っていた子どもたちもいったん児童相談所が引き取った。まあ、虐待が即おさまるかどうかわからんけどしばらく保護観察も付くから。あとは、えーと……そう、ミナミ検死官ね、まあ知ってるかもしれないけど誰かが毒物差し入れしたらしくって、もうあの世行きね。」
僕は彼に微笑んでみせる。すると彼も椅子の背もたれにのせた頭を傾げ、目を糸にしてニッと笑った。
「それでねぇ」
笑い顔のままで、すっと目だけうすく開けて彼は続けた。

「訊きたいことがあるんだ。悪いけどそのままで聞いてくれる?ナミコシ君。」

ハシバタワーからの転落。
飛び降りた後、僕は従ってくれた子たちと共に無様に悲惨に、四肢を砕かれ臓物をぶちまけてその身を晒す筈だった。それで、僕らの暗黒星はようやく完成できた筈だった。
ただ、従ってくれていた子の一人が、数階ほど下にネット等仕掛けて無事にキャッチできると豪語していた。そんな曲芸が本当にできるとは思わなかったので放っておいてしまったけれど、彼女はどうも本気だったらしい……そして、やってのけてしまったらしい。はは、すごいね。
でもこうしてここにいるということは、おそらく警察側にそこを把握されたか、その子が元々僕を裏切るつもりだったかのどちらかだろう。僕自身は落ちるとまもなく意識を失ってしまったようだけど、どうも無傷であるようだし、実に手際よく受け止められたのは確かなようだ。
僕の前に落ちた子たちは、同じように受け止めてもらえたのだろうか。僕の場合はアケチ君に手を掴まれて、また落ちるまでにしばらく間があったから、成功したのかもしれないけど。

「君も策士だよねえ、あれだけ芝居うっておきながら受け止める仕組み整えておくなんてさ。でも残念だね、君より先に転落した子たちはふつうにお陀仏しちまったよ。……ああそれとも、それも計画のうちだったのかな?外に居た報道関係や君のシンパにも見られずに済んだから、君の遺骸が見つからないって世間じゃ大騒ぎだったよ。」
そして座ったままでごろごろと椅子を引きずりながらさらに僕の方へ近づき、僕を見下ろしながらナカムラさんは言った。

「じゃあ、本題ねー。カガミ警視……元警視、知ってるよね、現二十面相。君、彼の犯行にどこからかかわってたの?」

「僕は、彼と面識はありません。そして、彼の現二十面相としての行動も、僕の方から連絡を取ったりしたことはありませんでしたよ」
「あらーそうなの?わたしゃてっきり君が彼を陥れたのだとばかり思ってたよ。ええと、じゃあ彼が現二十面相になるきっかけ、妹のトキコさんが逆恨みで惨殺されたことも知らない?」
「それはもちろん知っています。カガミさんがアケチ君の連絡係を務めていることは知っていましたから、アケチ君がアップデート前の暗黒星を解いてミナミ検死官の復讐が始まるまでは、邪魔されないようカガミさんの動向を観察する事は必要不可欠だと思っていましたし」
「だが、二十面相の再増殖を意図して、君は暗黒星をアップデートした」
「そう、そしてカガミさんはその増殖した二十面相の第一号になりました。それからは僕の方が彼を注視せずとも、ネットから容易に彼の断罪の情報が入ってくるようになります。でも、僕がことさら彼をそのように仕向けたわけではありませんよ。それに、トキコさんの悲劇は暗黒星のアップデートが無くてもおそらくは起こった事でしょう。……カガミさんの場合、暗黒星のアップデートとトキコさんの事件とが、たまたま最もタイミングが近かった。だから、彼が再増殖の第一号になったのです」
「そうかぁ、アテが外れちゃったかなあ~ま、妹があんな目にあわされてブチ切れるのはわかるがね。でもさぁ……うん、まあ、しょうがないよねえ。こっちも結論ありきで調査開始しちゃあ刑事失格だしねえ」

「でも、カガミさんの犯行は妹の復讐だけですよ」

「え」
「カガミさんが二十面相のマスクを被り、法衣を身にまとって妹の復讐を遂げたことは、同じ恨みや復讐心を持つ人々へネットなどを介し拡散されていました。こう言った事は、あなた方警察よりも、彼らのように同じ思いを持つ者たちの方により速く広く伝わるものなんです。彼は自身の知らぬうちに、格好のヒーロー、広告塔に祭り上げられた。自然発生したフォロワー達が予告動画を作成し彼らが実行犯となった事を、カガミさんに自分のやったことだと思い込ませる。妹が殺され壮絶な復讐を行い非日常的な様相を示す自宅でろくに寝食も取らず朦朧としている彼は、さぞ暗示にかかりやすかった事でしょう」

「……なんであんたがそれを知ってる」

「僕が指示しなくても、二十面相と名の付く情報はすべて僕に集まってくる。刃で切れば血が噴き出るような情報というものは、安全な場所にいる人々がいくら機材人材に資金をつぎ込んでも入ってこないものです、たとえ警察であっても」
堕ちればもろともの者たちにこそ、怒涛のように降り注ぐ。

「カガミさんは、残る15件は無罪です」

「そうか、わかったよ。ありがと、わたしの聞きたいことは聞いたし、もう君を解放することにしよう。すまなかったねえ拘束したりして」
「あなた、変わってますね。いいんですか、僕をここで解放してしまって」
「うんまあ、署に連絡もなしに君を拉致・拘束して、秘密裏にこんなとこで尋問したってわたしの今の立ち位置も、大っぴらにできるようなことじゃないしねえ。それにさ、存在するだけで周囲を魅了し混乱させる魔術師みたいな君を、未成年だからといって保護できるほど器のデカいオトナって、残念ながら世間にゃあんまりいないよ。もちろん、わたしも含めてね」

彼は、拘束を解くと僕を助け起こして、出口の方向を指で示し、一緒にそちらへ歩き始めた。
だだっ広い倉庫を横断し、やっと壁際の扉までたどり着く。しばらく気を失っていたせいか、拘束は解かれたというのに先ほどから手足がうまく動かないので、結構な時間がかかってしまったようだ。
ナカムラさんは左手で、扉のものとおぼしき鍵を、尻ポケットから取り出した。

「ンッ」

扉は閉ざされたままで、鍵はまだナカムラさんの左手にあった。
僕は腹に生えた鈍色に光る刃を見る。彼はそれを右手でグイと捩じり、引き抜いた。
赤い玉が飛び散るのをぼんやり眺めながら、僕の顔は再び床に落ちてゆく。

君はさ、あのタワーで君をキャッチした子にコールドスリープさせられてたんだよ。いやあ驚いたね、SFみたいじゃん。できるところじゃあ、もうできちゃうんだねえ。君のシンパって凄い子がいるんだなあ。でもさ、見つかっちゃったら、どんな富豪でもなかなかそんなこと続けられないよね。彼女、泣く泣く君を目覚めさせていたよ。でもね、覚醒処理が終わってもなかなか目を覚まさなかったから、眠ったままここに連れてきたんだ。
ああ、もうちょっと早く君を見つけられていたらなあ。
いま?2026年4月29日だよ。いや、間違っちゃいない、君は10年間眠り続けていたんだ。
カガミはね、おととし刑が執行されたよ。自分が全ての実行犯だと信じたまま、控訴もせずにね。
ああ、お互い、残念だねえ。
じゃあ、そろそろおやすみ、原初君。

……

ああ、アケチ君。暗黒星が、完成するよ。