zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

改変


カガミが横に居ない。
俺は、必死になってカガミの姿を捜す。
「カガミ、カガミ」
居ないことが致命的な事実に思えて仕方がなく、他の何にも目をくれずカガミを捜し続けた。
「カガミ、何処だ?」
やがて俺は、はたと立ち止まり思った。
「カガミって、誰だ?」

目が覚めた時、俺は汗びっしょりになっていた。
自分が今どこにいるのか把握するのに手間取ったが、周りの様子から署の小会議室のうちの一室、その床の上に転がっていることを理解した。
頭がぼんやりしていていたが、じわじわと頭の中で記憶がつながれていく。
きのう確か、カガミとスナガを逮捕したんだ。銃を抜きそうになったカガミを間一髪で抑えたんだったな。良かったよ、あそこで完全に抜いちゃったら発砲したのと同じ扱いになっちまうからなあ。
でも、あれから署に戻ってどうしたんだっけ?
そして、なんでこんなところに転がっていたんだろう。
倒れていた床に、何かが落ちているのが見える。かがんで床に目を近づけると、小さい筒状のケースが転がっていた。中に、紫色の液体が入っている。
「なんだぁ、これ?」
不用心にも俺はそのケースを振りまわし、さらにスクリュー式のフタを回し開け、液体の匂いを少し嗅いでみた。
「……あぁ!?」
途端に怒涛のように記憶が戻ってくる。その液体の効能を思い出した俺は慌ててふたを閉め、改めて周囲に他の人間が居ないか見回し、誰もいないことを確認するとホッとして、その薬品を、胸ポケットに収めた。
「さてと。」
今がいつなんどきか胸ポケットのケータイを見て、予想通り2016/4/16であることを確認する。

「よし」 今なら、まだ間に合う。

明日の夜、ワタヌキは逮捕される。指名手配犯である影男からの情報によって。
夢の中で姿を見失っていたカガミ警視は、ちゃんといつものデスクに居た。
「あぁナカムラさん、ちょうどいまお呼びしようと思っていたところです。捜査中の連続少女誘拐事件、例の公園でまた紙袋を被ったスーツ姿の男を目撃したという情報が入りまして」
「カガミ警視」
「ただ、以前の目撃情報と比べるとその体形に大きな隔たりがあります。本日はかなりの痩身、先日のオオソネ・サチコさんの失踪とほぼ同時刻に目撃された方はかなりな肥満体であるというもので。今までの記録では痩身の方がおそらくは指名手配中の影男、肥満体の方はその模倣犯である可能性があるとみられます」
「なるほど、では今回の連続誘拐は影男本人でなく、その模倣犯の方ではないかと」
「はい。これからその公園に向かいますのでご一緒願います」
「ええ、では参りましょう警視」
おそらく、行ってもそこでは今は何の情報も得られない。影男本人は明日の午後、模倣犯・ワタヌキはもう公園に出没することはない、そしてサチコ嬢はすでに。
ただ俺は、俺のすでに持つ記憶と、これから起こる事がどれほど一致するのかを確かめたかった。
そして寸分違わぬことを、確認した。

署に戻り、俺はいつものように警視を飲みに誘った。
記憶上この日は飲みに行っていなかったが、今回カガミは誘いにのった。…...こちらからの改変は、可能なのだ。

誘拐された少女らが未だ発見できておらず、今もさらに被害が進行中ではないかと気に病んではいたが、今日できる事は手を尽くしていると分かっているカガミは、大人しく俺という部下とのコミュニケーションに時間を費やすことにしたようだ。
カウンターに並んで座り、久しぶりに杯を交わす。
「ナカムラさん、……今日ちょっと様子がおかしくないですか」
「え、そう見えます?」
「はい、なんだか顔色が良くありませんし。何か心配事でも?それとも、お体の具合が…...」
「あはぁ、いたって健康、万事快調ですよぉー」
「私の気のせいでしょうか。妙なことを言って申し訳ありません」
「まぁ、わたしゃもともと良い顔色してるとはあまりいえませんからなぁ。ご心配おかけしてすみませんねぇ。……それはそうと警視、あまりわたしに敬語使わんでくださいよ、部下なんですから。周りの署員とも釣り合いが取れんでしょ?」
「私にとっては、あなたに敬語を使わないほうが不自然です。それを言うならナカムラさんこそ、職務を終えた後くらい敬語は止してください。呼び方も警視でなく、以前のようにカガミでお願いします」
「はは、こりゃあ一本取られたなあ。まあ口調や呼び方っていったん身についちゃうとなかなか治せなくってねえ、でもまあ、そう言うならお言葉に甘えようか、カガミ君」
……あぁ、嬉しそうな顔してくれるなあ。
「……カガミ君、俺ね...」
「何です?」
「ううん、いいんだ」
「何です、何でも言って下さい」
「いや、いいんだ。ありがと、もう、いいんだ」
「……じゃあ、元気出して下さいね?」
「うん」
「心配ですから」
「ありがとう、そうする」
「約束ですよ?」
「はいよ」
いつものへらへら笑いを顔に張り付けて、できるだけ軽い口調になるよう努めて応える。
こいつは、大丈夫なんだ。あんなことが身に降りかからなければ、大丈夫なはずなんだ。
すべては明日だ。明日、俺が間違わなければ。

翌日、予期していた通り探偵さんたちから連絡が入った。
俺たちも現場に急行し、記憶通りにワタヌキを捕らえ、影男を見逃す。
そして、取調室だ。
ワタヌキはやはり反省の色も無く記憶通りに神経を逆なでするような発言を繰り返し、カガミは挑発にのってワタヌキを殴る。今回俺はできるだけ不自然にならぬようにカガミを取り押さえるのをワンテンポ遅らせ、もう1発殴らせた。俺、いろいろ失格だな。
その騒ぎに外の警官も部屋に入ってきて、俺と一緒にカガミを取り押さえた。
まぁ、この先も刑事続けんなら、カッとなって手を出すのは今後止さなきゃだめだよ、カガミ。

今回は俺以外にも複数の署員に目撃されたので、お咎めを逃れるわけにはいかない。
と言っても、降格は免れ、自宅謹慎3週間だ。おのが過ちを悔いて依願退職しそうになる彼をなだめ、トキコさんとともに家で大人しくしてもらおう。
カガミ自身は人生の終わりのように大いにへこんではいるが、俺の記憶にある悲惨さを思えば何でもない。

あの地獄のようなゴールデンウィークは回避できたはずだ。

もちろん、スナガが時期を後にずらして毒手を伸ばしてくる可能性はある。
トキコ嬢の周囲は、俺が何かと理由をでっちあげて厳重に警備を配する手筈を整えておく。

それを見届けて、俺は過去を変えた自分の落とし前をつけるんだ。
例の薬でもと居た時間軸に俺は戻れるが、そんな事はするつもりもない。
もと居た時間へ舞い戻っても、この時間軸に居座っても、変えられた過去を元に戻そうとする勢力が俺という歪みを目印にしてここへたどり着いてしまうだろう。

カガミの自宅。
精彩は欠くものの、真面目なカガミは復帰後もすぐ職務に対応できるよう心身の鍛錬に余念がない。
ひとしきり謝罪の言葉を述べたあとカガミは言った。
「ナカムラさん、すぐに戻ってきますから」
「うん」

ごめん、戻ってきたら、もう俺は居ないんだ。