zencro’s diary

乱歩奇譚SS


「コーヒー入ったよ」
「ありがとうございます」
水の匂いが満ちる室内に、ふうっと芳香が漂ってきた。
「雨だねえ」
「雨ですねえ」
ちゃぶ台の上に置かれたカップを手に取りひと口含む。
「……美味いなぁ」
「はい」
ナカムラはカップを持ったまま、畳の上を窓の方へにじり寄る。灰青色の空は間断なく雨を落として、サアサアと眠気を催す音を立て続けていた。
「ああ、いま眠っちゃったら気持ち良いだろうなあ」
実際、まぶたが鈍く重くなっていくのがわかる。
ああ、油断したらほんと寝ちゃいそうだね。
「カップを持ったまま寝ると火傷しますよ」
ちゃぶ台の向こうで胡座をかいて座っているカガミが、一寸笑いを含んだ声音で言う。
「雨の音は、聞き続けると眠くなりますね。トキコはデザイン考えながら突っ伏して寝てしまってましたし、私も昔試験勉強の時、雨の日は睡魔と闘っていました。」
「だよねー、俺も授業の時は眠気こらえるのしんどかったなー 教室で先生がチョークで板書してる音と相まって、眠れ〜眠れ〜って呪文でも唱えてるみたいでさあ〜ふあぁあ…」
「ああ、カップを皿に戻して下さい、ナカムラさん、ほんとに危ないですから」
慌ててちゃぶ台を回り込み、ナカムラの手からカップを奪う。まだ半分ほど黒い液体を残したそれをちゃぶ台上に置き、窓枠にもたれた顔を覗くと、すでにその目は閉じられている。
「ごめんねぇ、なんかほんと眠くってさあー」
目を閉じたまま呟く。
「良いですよ。しばらく休んでいて下さい」
「ん〜」
窓側に寄りかかっていたナカムラの体が、傍らのカガミの方に倒れかかる。
「え、ちょっ、ナカムラさん?」
焦って受け止めた胸の上で、よく見るとナカムラは薄目をあけて笑っている。
「……この姿勢気持ち良いからさ、ちょっとこのままで寝させてよ」
返事を待たぬうちに、すうすう寝息をたてはじめた。
「……参ったな」
お気に入りのソファに身をあずけているような、安心しきった寝顔を見下ろし呟く。
「まあ良いか……俺も一眠りしようかな」
自由な方の手で窓を少し閉じ、ゆっくり向きを変えて壁を背に寄りかかり、カガミも目を閉じた。

サアサアと子守唄のように、その後もしばらく雨は降り続けた。