zencro’s diary

乱歩奇譚SS

疑惑


「あー、ついに降ってきましたねえ」
「ええ、駅まで急ぎましょうか」
築地署まで出向いて用を終えた後、外へ出たらポツポツと落ちてきた。
急いで手近の地下鉄入口へ入り、ふうと一息ついたら背後にものすごい雨音。
「ひゃあ間一髪だったねえ」
「うわ、すごい雨ですね」
雷混じりの土砂降りを見上げながら、しばし二人で呆然としていたが、すぐに慌てて入り口へ駆け込んでくる乗客たちの邪魔になるなと気付き、地下道へ進む。
「今日は車じゃなかったから、こういう時ちょっと大変だね」
「ええ、ただ交通の混雑等で手間取る時もありますから、数分とおかず次々電車が来る都内は、こっちの方が便利な場合も多いですね」
「うんうん、……ああ、そうだ」
悪戯を思いついた子供のように笑いながら、ナカムラはカガミの顔を見上げた。
「車じゃない場合は、他にもいいことがあったねえ」
「?なんです」
「カガミ君、ちょっとコレ、行っちゃう?」
クイッと杯を傾ける仕草をしながら、目を糸にする。
「もう、帰るばかりでしょ。電話入れとくからさ」

地下道をしばらく歩いて、再び地上へ上がる。
程なく、煉瓦造りのどっしりした建物に着いた。
「ああ〜ここ、ここ。懐かしいなあ」
「随分昔からあるような店ですね」
「そうだねえ。昔わたしが来たときとあんまり変わってないなあ。ささ、入ろ入ろ〜」
アーチ型の入り口をくぐって、二人は店内に向かった。

「いいねえこの雰囲気」
嬉しそうにつぶやく。
小ぶりのテーブルへ案内され、とりあえず大生二つと頼む。
「……ナカムラさん、飛ばしすぎでは」
「やだなーまだ序の口だよぉカガミくーん」
とすでにジョッキ5杯目を傾けているナカムラ。
この細い身体のどこにこれほど大量のビールを吸い込む余地があるのだろう。カガミは呆然とその飲みっぷりをただ眺める。
「ほらほらほらぁ〜カガミ君見てばっかいないで飲んだ飲んだ〜こゆとこ来たら飲まなきゃでしょお〜、おねーさん大生二つ追加ねー!」
「ナ、ナカムラさん〜」
老舗ビアホールの程良く響く喧騒に心地良く身をゆだねて、杯を重ねる二人であった

……筈だった。
「おーいカガミィしっかりしてよー
「ジョッキ2杯半で沈没しちゃうなんてね〜こんな図体してるのに酒弱いんだカガミ君〜」
カガミに比べればだいぶ華奢なナカムラは支えて歩きながらボヤく。
「まあ明日は俺たち非番だからまだいいけどさ、どうしよここから新宿の先までこいつ送って行ける自信ないよね……あ」
ケータイ取り出してしばらく操作する。「あ、大丈夫です?じゃよろしくー。さて、もうひと踏ん張りだー」

なんとかツインの空き部屋を見つけ、今はほぼ意識を失いかけているカガミをどうにか部屋まで引きずりこんだ。
「よいせ……っ!と」
手前のベッドに横たえておいて、自分はとりあえずシャワーを浴びてサッパリ、しばし酷使した身を休める。
「あぁ〜疲れた……」
ヒョイと横を見て、ああスーツの上着くらいは脱がせとくか、とスーツの襟に手をかけた。
「ほら、ちょっと脱がしますよー」
「ん〜トキコ〜」
(うわこいつ寝言で妹の名前よんでる)
ちょっとひいた瞬間、ガバッと引き倒されしがみつかまれた。
「----!!?」
「ムニャ…あれ……ナカムラさ……ふわぁ……」
「そうだよ俺だよちょっはなして」
「うーんナカムラさーんんん」
「オイちょっとカンベンしてはなして」
逃れようともがくもむなしく抱きすくめられ、頭に顔を擦り付けられる。
「妹さんと間違えてんの?にしても尋常じゃないけどおいこら……ひゃっ!?」
頭頂部に、フワッとした感触。
ぺろぺろぺろぺろ
(ヒィィつむじ舐められてる!!)
「何してんだこら、やめろって」
「ナカムラさんのつむじ可愛い……美味しいです……」
風呂上がり、タオルを腰に巻いただけの姿で、スーツ姿の男に押し倒されてつむじを舐められている今のこの状況に混乱の極みなナカムラ。
そして、つむじに意識が集中して気づかなかったが、やがてカガミの両手が肌の上を撫で回していることに気づく。
「ん……ナカムラさん……」
「ふえ、ちょ……やめ、……あ」
カガミの唇がつむじからすべりおちて耳、首筋、鎖骨へと降りて行くに従い、撫でさする手も背中から腰へと下がる。そして内股から腰に巻いたタオルの中へ滑り込んできたところで、
「うわっ、わわわわっ!!!」
やっと身を引き剥がすことに成功し、勢いあまって床に転がり落ちる。
ジリジリ床を後じさって離れ、バクバク脈うつ胸に手を当てつつ見ると、うつ伏せで長い睫毛を伏せ、安らかに寝息を立てているカガミ。
「あぶなかった……色々と……」
念のためカガミが熟睡しているのを確認し、乱暴に上着だけ引き剥がして、ナカムラもとりあえず消灯して眠りについた

……筈だった。
「眠れるわけ、ないよねー」
あれこれ頭に妄想うずまき、目は冴え、緊張が解れないまま無情に夜は明けてゆく。
「ナカムラさん、昨夜は大変なご迷惑をおかけしました!!」
直角に近く身を折り曲げて謝罪しつつも、酔い潰れてホテルに宿を取ってもらった、というナカムラから聞いた通りの事しか認識していない様子のカガミ。
「カガミ君、あのさ」
「何です?」
「いや、いいんだ……」

(もう、カガミに飲ませんのやめよかなあ……)

黄色い太陽を見上げながら、胸の内で呟くナカムラであった。