zencro’s diary

乱歩奇譚SS

受容


「ナカムラさん、俺の身柄を引き受けたこと、後悔してませんか?」

俺の顔をまっすぐ見下ろす汗ばんだ顔が、外から微かに漏れる月明かりでぼうっと光ってる。
「なんで、いまさら?」
見上げて、もうとっくに憶え込んだ台本を読むように答えた。
「後悔なら、もうとっくにしてるよ。もうずっとずうっと前からだよー」
薄く開いた窓から、秋の虫の鳴く声が聞こえてくる。
そろそろ、開けっ放しだと夜はうすら寒くなるような時節だけど、今夜はまだ昼の暑さが引ききっていない。
「そもそも、お前と会わなければなぁ」
視線の強さから逃れるように逸らし、だらだらと言い継ぐ。
「一生独りで、そんなもんだって納得してそれなりあくせく仕事して、のらくら適当に楽しんで、やがて普通にくたばってったよなあ。そしてさ」
「自分は何も生み出すことはできないなんて、考えずに済んだのにな。」
カガミの眼の光が揺らいだ。長い睫毛を震わせながら、目を閉じる。
そして一瞬の後、開いた双眸には強い光が戻っていた。
「俺の中には、犯した罪と、あなたと過ごしてきた今までの積み重ねしか残っていません。かつて他に持っていたものは、逮捕された時に過去として切り離されてしまいました。それらを思い出すことはできますが、自分の事として実感することはできません。あなたは、私が自ら振り切った手を離さず掴み続けていてくれた。あなたとの記憶だけは、逮捕以前も以後も、分断されず今も俺の中に生きて棲み続けている。」
「お願いです、何も生み出せないだなんて言わないでください。あなたは奈落の底で絶望していた俺をすくい上げ、見込みなどないと思っていた俺に種を蒔いてくれる。」
カガミは俺の耳元へ顔を寄せて囁いた。
「あなたは、俺を生みなおしてくれたんです。」
「……大仰だなあ、カガミは」
ちょっと苦笑しながら、ふわりとした髪を梳く。
「なら、これからは後悔しなくて済みそうだね。よかった」
両腕を伸ばして頭を抱きしめた。
「ありがとう、カガミ」

「愛してるよ。」