zencro’s diary

乱歩奇譚SS

朧月夜


「眠れないなぁ」
ナカムラは前髪に隠れた目をパッと開いて呟いた。

深夜帰宅して食事も風呂もそこそこに布団にもぐりこんだが一向に寝付けない。
もう5月だというのに足先は冷え切っていくら布団にくるまっても血が巡らず、頭は芯から疲れ切って鉛のように重いのになかなか意識を手放そうとしない。
「おっかしいなあ...いつもは布団に潜りゃ30秒で寝ちまうのに」
なあんかヘンなモンでも食ったかなあ。
横になって既に半時、目をつぶっているだけでも休まるから、と思ってはいても眠れないのに横になっているのは中々に辛抱がいる。
「でえぇい、もういいや、起きちゃえ!」
布団をケ飛ばし、裸足のままペタペタ台所に行ってさっそく缶ビールを一本。
「あーああ、きょうも早いのになあー酒呑んでもっかい風呂はいろうか……」
プシッとプルタブ引き上げて流し込む。
流しの窓から夜空を覗く。
朧月夜か。
「なのはーなばたけぇに、いぃりーひうすれぇ……っか」
夕方じゃなくて深夜だけどな。
あの花見の時も、菜の花畑に朧月だったな。
昼間ののどかさとは違い、夜は菜の花も桜も露を含んだようにぼんやり光ってなにやらぞくぞくする光景だったっけ。宴会中は仲間と騒ぎ立てるのに忙しく、まわりを愉しむ余裕なんてなかったけど、帰りみちに菜の花と桜の二層の上にうす雲に隠れた満月が、ちょいと絵のようで見ものだった。
「あんときもカガミ酔っぱらってたねえ。流石に新人の時のようにつぶれちゃいなかったけどさー」
ほっとくと駅とべつのあさっての方角に行っちまうんだよーどこ行くんだよカガミィーってそのたび引き戻すのが面倒でさあ、いっそパトカーまわしちゃおっかなー周りの車も避けてくれるから楽ちんだよねーなあんて思ったけど。
まあケーサツ官が飲酒やらかすわけにはいかんし職権乱用だしねえ。
それに酔ったカガミと二人っきりになっちまうのも気まずかったしなあ。あいつ、酔うとキス魔だしな。
まったくあの豹変っぷりはやばいよねえ、コップ一杯だよぉ?ま、日本酒だけどさ、それにしたって理性のタガが外れる酒量じゃないよねぇ?
んもう、何度オジサンは唇奪われたことやら……
そうだよ、ホッペとかじゃなくって、クチだよ!?やっぱしあいつおかしいよな?まわりの奴らも面白がってぜーんぜん止めやしないんだぜ、ひっどいよなー。
でさ、全く憶えてないんだよなあいつ。あんだけ酔ってたくせに、翌日は二日酔いにもならずにケロッとしてさぁ、こっちは顔合わすのも気恥ずかしいってのに晴れ晴れすっきりした顔でさわやかに挨拶噛ましてくれんだからなあ。くっそ、周りはニヤニヤしながら見てるしさあ、なまじあいつイケメンだから、カガミ狙ってる女子署員にも冷ややか―に見られるし……なんかたまーに不気味なくらい目をキラキラさせて見てるやつもいたなあ……まあ、この署にもいろんな人がいるよね。
で、朧月夜の時はカガミの足向く方向を阻んで軌道修正しながら、倍くらいの時間かけて送ってったっけ。自分の足で歩いてくれたからね、まだマシだったな。
まわりにも他の通勤客や俺たちと同じような酔客がわんさと乗り合わせたし、カガミもおとなしかったしなんとか無事に妹君の待つマンションまで連れてけたよ。
でも油断したよなあ、エレベーター乗って△ボタン押した途端いきなりガバーッと。
キャーおまわりさーんチカンでーす!って叫ぶヒマもなく口ふさがれたよね。
もうエレベーターの扉が開くまで、長かったこと長かったこと。
来年の花見ん時は、絶対スキ見せないようにしないとな……やれやれだよ。


「あり?2本めも、もう空ァ?」
うーん寝酒にしちゃちょっと呑みすぎちゃったなー。
でも、いい感じにふわっとしてきたなぁ。この分なら寝れそうかな、いいぞー寝よ寝よ。

そういえば、あいつの唇も、ふわっとしてやわらかかったよなー。