zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

草上の昼食


「ナカムラさん、今度の週末おたがい非番ですよね」
「うんそうだねえ、ひさびさゆっくりできてうれしいねぇ」
「あの、ナカムラさんがよければ、付き合って欲しい所があるんですが」
「へえぇ、カガミくんがそんなこと言うなんて珍しいね、どこなの?」
「T公園内の美術館で、トキコの学校の作品展示会があるそうなんです。実はトキコがナカムラさんも連れてこいとうるさくて…すみません、婦人服のデザイン展示会なんて、つまらないと思うんですが」
「ははぁ、妹さんのお召しとあらば行かなくっちゃね、不詳ナカムラ、参上つかまつりましょうか」
ニッと笑ってみせると、さっきまで不安げだったカガミは、パッと表情を輝かせた。
「ありがとうございます!これ展示会の案内パンフです。よろしくお願いします!」

アパートの部屋に戻り、ネクタイをゆるめながらビールを開ける。このところ空気が乾燥してるからまあ美味いこと美味いこと。ましてや明日が非番となればなおのことだ。
「でもなぁ、ファッションなんて全く分からん俺が行ってもいいのかなあ。あのカガミだって、俺と同じようなもんだろうし。まぁいっか、トキコ嬢にお任せしよう。そういえば美術館自体ずいぶん久しぶりだよなあ」
はたと、ビール傾ける手が止まる。
「何着てけばいいのかな」

次の日はまだ五月というのに夏のような強い日差しが照りつけた。
「……あっついなあ」
結局いつもの背広・ネクタイ、スニーカーの三点セットに身を包んだ俺は、だんだん後悔し始めた。幸いこの公園には至る所木が茂っているので、すずしい木陰を選んで歩き、やがて目的の美術館に辿り着く。白亜の壁が陽に照らされてえらくまぶしい。
「あ、いたいた」
入口の自動ドア脇にカガミが所在無げに立っていた。
「まったぁ?」
「いえ、そろそろおいでかと思い、出てきたところです。すみません暑い中ご足労いただいて」
トキコさんは?」
「中で忙しそうにしてます。あからさまに邪魔にされるので居場所が無くって......来ていただいて助かりました」
「ははぁ、わたしら服飾関係とんと分からんもんねぇ。じゃあ、勝手に拝見させてもらってようかー」
会場内には学校生徒の父兄や友人らしき姿も多く見え、思ったより俺たちが悪目立ちすることもなかったようで、目指す妹さんの作品も拝めた。まあよく分からんが、ひらひらふわふわした、綺麗な色の花のような服だった。半刻も会場内を巡って、おそらく一生に見るより多く婦人服を堪能したかという頃、挨拶や受付を一通りこなしたらしい彼女が俺たちを見つけて急ぎ足でやってきた。
「ナカムラさん?わあー来てくれてありがとうございますぅー!兄さん、ちゃんと案内してくれた?…そう?じゃ、わたし今日は撤収の時だけいればいいから、公園の原っぱに行ってお弁当食べませんか?」
「おいトキコ、今日は暑いから中にいた方g」「だぁーって中は息が詰まるんですもん。ここはおっきな木がいっぱいあって木陰なら涼しいわよ」
「ね、ナカムラさん行きましょ?」
お願い、という感じで胸の前で両手を合わせて小首をかしげられちゃったよ。こりゃあ暑くたって外行っちゃうよねえ。
「ほら、カガミそういうことだからさ、いこ?」
溜息をつくカガミをせっついて、俺自身はトキコ嬢に手を引っ張られて、燦々と5月にしては強い日差しの公園へ出向いて行った。

「ほらここ、ああーあそこもいいかなあー」
トキコ、いい加減に落ちつけよ」
「うーん、じゃあここで!」
俺たち三人はやたらでかい木の陰に陣取り、芝生の上に腰を下ろし、トキコ嬢が作ったというおにぎりやたまご焼き、唐揚げなどなどを頬張る。美味いなぁ、おにぎりが実にいい塩加減で、たまご焼きもふんわりやさしい甘み。それに鳥からとか、懐かしげな鉄板ラインナップで泣かせるねえ。
「いや美味いねぇ、こりゃあカガミが妹をなかなか手放したがらないだろうなあ。こんないいもの毎日作ってもらってたら、いつまでたっても自分で料理しようとは思わんだろ、カガミ?」
「いやナカムラさん、俺だって味噌汁くらい作ったことありますよ」
「そうよね、ダシ入れ忘れちゃって味がしない-って味噌どんどん投入するもんだからやったらしょっぱくなっちゃったりしてね」
「……」
「はははーあるあるだねえカガミー」
そんなこんなを木陰でわいわいと談笑しながら、ぺろりと食べ終わる。
いやー、風が気持ちいいなあー。広い広い敷地のそこかしこで、こどもらが歓声をあげながら縦横無尽に駆け回り、木々の影でかくれんぼしたり。いやぁ、平和だねぇ。ちょっと行儀悪いけど、芝生の上でごろりと横になる。
「ナカムラさん、ちょっと飲み物追加買ってきまーす。ごめんなさい、ちょっと待っててね」
「あ、わたしも行きましょう」むくり起き上がろうとするのを制し、彼女は兄の袖を引っ張って促す。
「いいのいいの、ナカムラさんは休んでて。兄さん、お願いちょっと付き合って」
「じゃ、すみません行ってきます」「ほらはやくはやく」
ふたりが緩やかな芝生に斜面を売店の方角へ下って行くのを手を振りつつ眺め見送った。いい兄妹だよなあ。見てるとほほえましくてほおが緩んじゃうよ。
お言葉に甘え、またごろりと芝生の上に横になる。木陰の向こうに見える真っ青な空を、ゆっくりと雲が流れてく。
……
(あれ、ナカムラさん寝てしまいましたか?)
(連日仕事で気が張ってて、疲れがたまってるんじゃないかな。兄さん、無理させてるんじゃないの?)
(う、そ、そうなんだろうか。どうしよう、起こそうか?)
(いいわよ、もう少し寝かせてあげましょうよ……そうだ!兄さんちょっと手伝って)
……
「くしゅんっ!」
くしゃみで目が覚めた。えっ、俺寝ちゃってた?あれっ、二人は?
「あ、ナカムラさん目が覚めましたか」
「おはようございまーすナカムラさん!よく眠れました?」
「んあぁ、すみませんねぇ、申し訳ない……よっこらしょっと......あれ?」
額の上あたりに置いてあったものが、起き上がった拍子にぱさりと落ちた。草で編んだわっかみたいなもの。あれぇ、これって、
シロツメクサの花冠?」
芝生にそこかしこに群生してるシロツメクサの花が編まれた、花の冠だった。
「ふふ、すみません。あんまり気持ちよさそうに寝ていたから、私たち二人で花を摘んでそれ作ってたの。あ~かわいかったなあ、花冠を頭にのっけてすやすや眠るナカムラさん~」
「おいトキコ、いくらなんでも失礼だぞ、すみませんナカムラさん」
俺は二人のやり取りを寝起きの頭でぼんやり聞きながら、ていねいに編まれた冠を手に取って眺めた。なつかしいなぁ、昔こどもの頃おふくろがよく作ってたなあ。
……
ぽろ
……
「え?やだ……ナカムラさん泣いてるの?」
「ナ、ナカムラさん、どうしました!?」
んあ?うわ、やだなあ何か涙が出ちゃったよ。なんだろ、懐かしかったからかなあ。
「ああ、ごめんごめん、寝起きでさぁ。寝ぼけてただけだよ、大丈夫」
「そ、そう、ですか?ほんとうに?」
「だーいじょうぶだって!……ああ、トキコさん花冠よくできてるねえ。これ、俺がもらっていいの?」

最初おどろいて目を見開いていたが、すぐに彼女はにっこり笑って頷いた。カチューシャでとめたおかっぱ頭の髪が揺れて、遠い記憶の誰かを思い出させる。俺はそのシロツメクサの花冠を、もういちど頭にのっけて「似合う?」とおどけてみせた。

シロツメクサ
花言葉は、幸福と約束、そして復讐なんだそうだよ。