zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

牛丼


怪人二十面相事件後もしばらくは警察内部で二十面相に加担した者たちの追跡調査および事後処理諸々でほぼ徹夜の日々が続いた。それもようやく終息らしき様子を見せ始め、久しぶりに交代で帰宅することになり、俺もいったん自宅へと足を向けた。署を出ると、ぽつぽつ小雨があたってくる。
「はぁーあ、つっかれたなあ、眠いなあ…あー冷蔵庫の中身全滅かもなあ、なんか仕入れてかないとね、それともどっかで何か腹に入れるかなあ…」
緊張が続いた日から解放された脳は、最早ものを考える事を断固拒否しているようで、ああこりゃあ頓珍漢な買い物しちゃいそうだなー帰ってから冷蔵庫にあれこれしまうのも面倒だしなあ。
「じゃあまあどっか寄って何か食っていきますかねー、えっとー」
辺りを見回すと立ち食いそば屋とファミレスが目に付いた。「うーん蕎麦も良いけど何かこうガツンと腹にたまるもんないかねえ。ファミレスは入っただけでなんか疲れそうだし…あ、確かそこ曲がれば…ああーあったあった」
以前よく行ってた牛丼チェーン店が開いていた。「ここは、ホカホカ牛丼に紅ショウガと生玉でいきましょっか!」
ガコーっと自動ドアが開いていそいそ中へ入り、牛丼の甘じょっぱい匂いを嗅いだ時。
「あれ、ここは」
...思い出しちゃった。カガミと初めて入ったとこだ。就任したてのカガミちゃんは真新しいネクタイとスーツ姿、こっちはよれよれで年季の入った着たきり雀、使用前使用後コンビとか口の悪い連中は言ってたねえ。
よっこいしょと腰かけ、カウンターの向こうへ注文する。あー、ちょうど真向いのとこに座ったなあ。入り慣れてないカガミちゃん、でかい図体を窮屈そうに押し込んで、きょろきょろしてたっけ。
「ええー牛丼屋入ったことないの?」
「ええ、外食はあんまり…両親がいたときも、インスタント食品や外食・買い食いはあまりさせなかったので。あ、でも牛丼はたまに父が仕事帰りに買って、試験勉強の夜食に差し入れてくれたりしました。たまの事で、とても美味しかったですね」彼が高校生の時の話かなあ、まるで子供みたいに無邪気な笑顔だったねえ。
「そっかあ、じゃあこんなふうに食べた事無いでしょ?」と、ちょうど来た熱々の牛丼に紅ショウガ投入、次に生卵を割り入れて醤油さしちょちょっと垂らして、割り箸でちょっとずつ混ぜながらすすってみせる。目を白黒させて、俺のまねをして同じようにかっ込んだカガミちゃん、勢い良すぎてむせちゃってさ。それでも、あとは美味そうに夢中で食ってたなあ。
「美味かったです、ナカムラさん!」牛丼でこんなに幸せそうな顔する奴いるんだねえ。まあ俺も、子どもの頃初めて牛丼喰った時はこんな感じだったかなあ。親父がこれ食うとホームラン王になれるんだぞ、なーんて言ってたりしてね。
「いやあ、しつけの良い青年にこんなギョーギの悪い食べ方憶えさせちゃって悪いねえ~まあ、他にもいろんな食べ方あっからさ、いろいろやってみよ?」
「はい!よろしくお願いします、ナカムラさん!」

ハッと回想から醒めると、目の前にもう牛丼が湯気を立てて置かれていた。ああさめちゃうじゃんもったいない、と紅ショウガ生玉、ショーユたらしてもりもりと摂取する。
「こんど面会許可出たら、また差し入れ持ってこうかなあ」

はやく出てこいよ。またギョーギ悪い食べ方を教えてやるからさ。