zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

HAPPY END


「ナカムラさん」耳朶の後ろからカガミが呼びかける。
それだけなのに、すべての意識がそこ一点に集中する。
後ろ手に彼の髪に指をくぐらせ目を閉じる。
「そこに居るんだなぁ、カガミ」「はい、ここに居ます」
それだけなのに、なんて幸せなんだろう。

「ナカムラさんは何処へ行きたいですか」
どこだろう?ここじゃなければ何処でも良い気もする。
ここでなければ嫌だという気もする。
カガミが居なくならなければ何処でも良いかぁ。
俺が居ないなら何処でも良いなぁ。

「じゃあ海へ行こうか」
「ナカムラさんが昔通ってた海ですか?」
「何処も海に囲まれてるんだから、どの海だって同じだよ」
 でも俺じつは海嫌いなんだよね」
「では止しますか」
「いいよ、行こうよ。嫌いなところに行くのが好きなんだ」

「なぜ嫌いか訊きたくないの?」
「ええ、でもナカムラさんが言いたいときで良いです」
紳士だなあ。
「逃げ場が無いのを見せつけられて嫌なんだよ」
「では、なぜ嫌いなところに行きたいんですか」
海から逃げても、何処にも逃げ場なんて無かった。
なら逃げるだけ時間の無駄だ。
海にいても同じだ。
「気味悪い生き物とか、頬にすり寄せたくなったりしない?」
「そう、ですか?」
在るという事を知っちゃったら、遠くへ放ってももう遅い。
同じ空間にあるんだから、見えなくなっても逃げられない。
「なら頬に擦り付けちゃえ、一部にしちゃえって。ふふ」
いいぞ、愉快な気分になってきた。

着いたら、当てずっぽうに泳いじゃおうか。
海の続いてる方にずんずん行こうよ。
もしかしたら本当に「海の果て」ってのがあるかもしれない。
あぁ、わくわくするなぁ。
海に行くのが楽しみだなんて、ほんと、初めてだよ。