zencro’s diary

乱歩奇譚SS

忌避


いつものごとく打ち合わせのため探偵さんの部屋へ出向く。
「ほい、こんちわー上がらせてもらいますよー」と声をかけたが、いつもの「靴脱げよ」の号令が無い。あれえ、開けっ放しで出かけちゃうなんて不用心、探偵さんにしちゃあ珍しいなあと思いつつずかずか中に入る。
「ナカムラ」
「っひゃああ、居るなら居るって言ってよおーあーびっくらした」見ればいつものソファに人影がある。
「どしたの?なんか機嫌悪そうだけど頭痛がぶり返しました?」
「カガミの刑が明日執行される」
ごうっ、と耳で強風が鳴った気がした。「え あす?」
「いま機関から情報が来た。大臣も先ほど判をついたそうだ。カガミ自身には明朝通達されそのまま執行される。親族含め原則として連絡は執行後。今日はもう面会は許可されない。」
「そう、なんだ。…へえ、機関ってそんな情報も入ってくるの…すごいねー」なんかフワフワする、というかあれー床がとおいなー
「おい、ナカムラ!!」強く揺さぶられて、気付くと探偵さんの顔が間近にあった。
「へ?あ、れ?今わたしどうしました?」
ホッとしたように息を吐いて「...しっかりしろ、サイドテーブルに頭ぶつけるとこだったぞ」と言って手を離した。
「ああごめんねぇ、ちょっとびっくりしちゃってさー
「うん、カガミの、明日なんだね。今日は面会できない、と。はい了解しましたよー。うーん、今日はやっぱいったん戻るわ。悪いね、打ち合わせはまたねー。」
「...念のため言っておくが、妙な気は起こすなよ」
背中で聞こえてきた声に右手あげて、そのまま探偵事務所を後にした。

「そっかあ、意外と早かったなあ」
通常は警察関係者にも事後連絡になるような情報も、アケチ君たちの組織にはわかるんだなあ。まあそんな事、先に知っちゃったとしても良いんだか悪いんだか。
「…だって、知っちゃったってどうしようもないもんなあ。会うこともできないし」
何かもっとできること無かったのかなあ、もう今さらだけどさあ、「早すぎるよー」
刹那、頭をよぎった言葉に苦笑した。「映画みたく花嫁かっさらっていくわけじゃないんだか、…ら?」いまひとつ脳裏をかすめたタイトルに一瞬囚われそうになったが、それをいなすように体をぶるっと震わせる。「駄目だよ」
今日はこのまま直帰してしまおう。寝てしまおう。何も言わず、何も為さず。みずにふるゆきみずにふるゆき。
あいつ、今頃なにしてんだろうなあ。

翌日、正式に連絡が来て引受手が無い、というのでじゃあ自分が、と出向く。
諸々の手続きを終えその足で探偵事務所に寄って、終わったよ、と報告する。
「お前は大丈夫か」って相変わらずポーカーフェイスで訊いてきたけど、まあ探偵さんも大丈夫じゃなさそうだよね。
「…まあ、一応覚悟はしてたけど、今はまだピンと来ないんだよねー」
無言ででも何か言いたげに見送る助手君らにも手を振って探偵事務所を辞す。
陽は長くなったけど、もうかなり傾いてる。
帰りの電車に揺られながら、窓外の夕陽に染まる家々が流れて行くのを見てた。

あぁ、そうか。もう面会に行っても居ないんだなあ。