zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

面会


二十面相の事件が一応の解決を見た後も、彼は足繁く訪れる。そして職務内容にさわりのない世間話をして「じゃあ、また」と言って帰っていく。俺に気遣いはしなくていいですよ、と言うたび寂しそうに笑って「俺の方が好きで来ているんだよ」と言って席を立つ。いつも彼が一方的に話し、俺はといえば彼の顔をただ見ていたり机の上に目を落としたりして聴いているだけの事が多い。それでも、二十面相事件の後はこちらも簡単な受け応え位はするようになっていた。彼がここに来るのは親切心からだ。独房で誰とも交流せずただ寝て起きて食べての日常の俺を思い遣ってくれているのだろう。でもそれ以上に彼は、俺にひどく強い罪悪感を持っている。俺の顔を下から覗き込むように話すのは昔と同じ、だがその視線は、今では自信無げに彷徨い弱々しい。
 ねえナカムラさん、あなたはあの夜、俺を誘って呑みに連れ出してくれましたね。俺は甚だしく寝不足で、大した酒量でもないのにすぐに酔ってしまいました。そんな俺を家まで送って下さって、俺から鍵を受け取り俺の自宅のドアを開けた時。あなたならば、こもる異様な雰囲気に気づいたのではないですか?あの時あなたに抱えられながら俺は、もういっそ俺の罪が露呈しても構わない、むしろあなたに暴いてほしいと強い欲望に囚われていました。そうでなければ、玄関先とはいえあなたを家の中まで誘い入れるものですか。けれどあなたは、一瞬顔をしかめて俺の方を見やったのに、それ以上踏み込もうとしなかった。そしてアケチ君の命ずるままに、俺の銃の弾をすり替えて、さらにはアケチ君に俺の断罪を委ねてしまった。
 ねえナカムラさん、俺が恐ろしくはないのですか。連続して15人もの人間を用意周到に残虐に殺し、最も恨みを持つとはいえ残る一人の手足をもぎ硫酸を満たした浴槽に漬け、目をつぶした頭と胴体のみにしてただ緩慢に殺しているその自宅に、毎日帰り生活していたこの俺が、そのくせ何食わぬ顔で二十面相事件を捜査し続けるふりをしてアケチ君やあなたと話をしていたこの俺が、異常で、異様で、嫌らしく、恐ろしくそして、汚らわしいと思わないのですか。あれほどあなたが優しく厳しく教えを授け、道を示して下さったというのに、俺は何もかも血みどろの靴で踏みにじってしまった、今はそれだけが火に灼かれるように苦しくて仕方がない。あなたに出会わなければ良かったと、否いっそあなたも手にかけて仕舞えば良かったとすら思うこの俺が。
 このままあなたと逢いつづければ、いつか俺はそんな事どもを口に出してしまうでしょう。いったん言葉がまろびでれば、もう止めようもなく次から次へと。それはきっとあなたを酷く傷つけるざくざくとした刃となるでしょう。
 だから、もう来ないでください。これ以上俺を甘やかさないでください。なのに俺は、それを彼に言うことができない。彼にあいたい、声がききたい、しぐさを笑顔を哀しむ顔を、すこしでもながく味わっていたい、俺にとって今や世界の全てであるあなたの気配を。俺はそれほどに罪深い。