zencro’s diary

乱歩奇譚SSと雑記

ナカムラ

あらしのひるに

青天霹靂、いきなりの暴風雨で慌てて雨戸を閉めた。 階下の大家の鉢植え類を中に入れたり、大家んちの雨戸も閉めたり、とりあえずひと段落してからだ拭いて、ちゃぶ台のある6畳部屋で熱いホージ茶もらってる。今日のお茶うけは蕎麦ぼうろか。「あんたがこな…

憧れの

お前が捕まったばかりの頃、面会に行った俺に言ったよな、「憧れの先輩のままでいてください」ってさ。それ聞いた時、俺、返り討ちに遭ったような気がしたんだ。だって俺はね、俺の方がさ、お前に憧れてたんだよ。 お前が俺の隣に初めてやってきた時、まっぶ…

牛丼

怪人二十面相事件後もしばらくは警察内部で二十面相に加担した者たちの追跡調査および事後処理諸々でほぼ徹夜の日々が続いた。それもようやく終息らしき様子を見せ始め、久しぶりに交代で帰宅することになり、俺もいったん自宅へと足を向けた。署を出ると、…

決戦前

取調室に大人しく座っているミナミ。普段の独特のふざけた扮装を解いた彼女はだいぶん大人びて見えた。 「カガミを手引きしたのは君なのか?」「そんな事今はどうだっていいわ」「否定しないところ見るとそうなんじゃないの?」 「誰が関わろうと関わるまい…

HAPPY END

「ナカムラさん」耳朶の後ろからカガミが呼びかける。 それだけなのに、すべての意識がそこ一点に集中する。 後ろ手に彼の髪に指をくぐらせ目を閉じる。 「そこに居るんだなぁ、カガミ」「はい、ここに居ます」 それだけなのに、なんて幸せなんだろう。「ナ…

大家さんと僕

日曜の午後。 座布団二つ折りを枕に休日最後の貴重な昼寝をキメているさなか、階下から呼ばわる声がした。 「ゼンちゃーんお菓子あるよーお茶おいでー」 年季の入った木造モルタル二階建ては、階下の大家の声も筒抜けだ。 ふあーあ、と大きくあくびを一発か…

忌避

いつものごとく打ち合わせのため探偵さんの部屋へ出向く。 「ほい、こんちわー上がらせてもらいますよー」と声をかけたが、いつもの「靴脱げよ」の号令が無い。あれえ、開けっ放しで出かけちゃうなんて不用心、探偵さんにしちゃあ珍しいなあと思いつつずかず…

カガミを待ちながら

「静かだなぁ」こじんまりとした小屋の中、まっくらな屋外を眺めながら呟いた。 〈被告の動機に情状酌量の余地はあれど犯行に職務上知りえた知識及び技術、加えて自己の立場上の利点を利用した用意周到さと狡猾さ、殺害した15人という人数、さらに被告自身の…

蛇足

ナカムラはカガミがどこにいてなにをしていようと彼が幸せであればそれで良いと思っていた。そしてカガミはナカムラが側にいて自分だけを見ていれば幸せだと思っている。ナカムラはカガミがそう思うのであれば側にいてカガミだけを見ていようと思う。均衡が…

出口

[1] ここに来てからもう何日経ったろう。 清潔に生存する衣食に足りてその他は一切無駄のない空間で、時間の感覚はどんどん削られていった。毎日が同じことの繰り返し。時折ナカムラさんが訪れて、それも穏やかな日常に組み込まれる。波風立てず立たされず、…

君とだけドーナツ

ナカムラが一心不乱に食べているもの、それはエンゼルクリームドーナツだった。一緒に買ったと思しきコーヒーはぽつねんとベンチの上に置き去りのまま、ほとんど口を付けられていない。ひとつ終わるとまたひとつ、コンビニロゴの付いたビニール袋からゴソゴ…

ハッピーバレンタイン

「バレンタインデーかあ~今どきの女の子たちはハンドメイドの作って贈るらしいけど、甘いもの系は作る最中に部屋じゅう充満する甘ったるい匂いだけでもうお腹いっぱいになるよね...私も甘いものは嫌いじゃないけど、自分で作ろうとすると匂いだけで沢山って…

煙草

「ナカムラさんが吸ってる煙草、ハイライトですよね」「えっ、カガミちゃん吸わない人だよね、何で分かんの?」 「子供のころに父も吸っていて、匂いに馴染んでました。親戚も吸う人が多くて」 「なるほどねーカガミ少年にとってハイライトはオトナの世界の…

立春

みぞれ混じりの中、彼らの墓の前に辿り着く。来ても別に何するわけでもなく、花を置き傘の柄を首と肩でおさえながらハイライトを取り出して一本口にくわえ、ライタで火を点ける。二口ほど吸うと、薄暗い灰色の景色の中で赤い色が点滅する。線香替わりのよう…

冷蔵庫

最近めっきり寒くなった。 着いたばかりの部屋はしんと冷えて静まりかえり、コートも脱がずまっすぐ台所に向かってビールを取り出し、冷蔵庫の前に座り込む。凍結寸前のような缶に指を貼り付かせながらプルタブを押し上げ流し込むと、冷え切った炭酸がのどを…

初詣

今年の元旦は自宅で過ごせることになっていたのでゆっくり寝ていようと思っていたら携帯が鳴った。やれやれと思って画面を見たら"コバヤシ"。ありゃー探偵さんの呼び出しかあ。「はいはいなんでしょう?」「明けましておめでとうございまーす。ナカムラさ…

面会

二十面相の事件が一応の解決を見た後も、彼は足繁く訪れる。そして職務内容にさわりのない世間話をして「じゃあ、また」と言って帰っていく。俺に気遣いはしなくていいですよ、と言うたび寂しそうに笑って「俺の方が好きで来ているんだよ」と言って席を立つ…

この地に来て数週間が過ぎた。 折角ここに逃げ込んだというのに、夜毎夢にうなされる。俺が奴より前に二十面相になってりゃ、スナガ達を始末しておけばあいつはあんな事にならずに済んだのに。生き残るべきは俺でなくあいつである筈なのに。そう言いながら夜…

海なんて嫌いだった。 顔にまとわりつくベタベタした粘度のある潮風や足指の間にいやらしく潜り込む浜辺の砂、そこらにはびこったフナ虫や蠢く小蟹、未練たらしく地べたや岩に貼り付いた海藻エトセトラエトセトラ。だが何より嫌いなのはどこまでも果てしがな…

辞職

「大丈夫だよー君はもう充分1人でやっていけるし『ナカムラさん』無しでもぜーんぜん問題無いってー」 ナカムラさんは猪口を乾して目を糸にしながら言った。 帰りぎわ、辞表を出したと言われ「じゃっ♫」と去っていくのを慌てて追いすがり、とりあえずいつも…

サイレン

今朝、通告された。さまざまな手続きと儀式のようなあれこれを経た後、やっと首に縄がかけられた。 結局俺は何一つ残さず何一つ守れず、ただ奪い傷つけるのみだった人生を終える。 ナカムラさん、さようなら。ごめんなトキコ。俺はお前の居るところに行けな…

無題

〈抱きしめると無くなりそうですね〉 耳元でそいつが囁いた。ああ昔同じこと言われたな、いつだったかな… 外部の音が遮断されてしんとした中、唸りを上げるヒータはまだ効かなくて、乗ったばかりの車内はすっかり冷え切ったシートの冷気が支配している。ドア…